使徒言行録11・9-26

ところで、アンティオキアというのは、当時の世界の三大都市の一つでした。もっとも大きかったのは、もちろんローマです。その次に、エジプトにあるアレキサンドリアが大きい町でした。そして三番目に大きかったのがアンテオケです。人口が80万にも達していたとされるアンティオキア。この町は、日本で言えば新宿の歌舞伎町のようなものと考えればよろしいでしょう。汚れと不品行にまみれた町でした。そこに主を信じるものがたくさん起こされたのです。コリント人への第一の手紙には、「また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。(1:28)」とありますが、これは町のレベルでもそうだったのでしょう。ここでは、イエスさまを信じる人はまず起こされない、と私たちが思っているようなところで、主は、多くの人を救われます。
恵みとは、受けるに値しないものを受けることです。
  4つの段階た。語りかけること、宣べ伝えること、勧めること、そして教えることです。その結果どうなったかが、次に書かれています。
弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
ですから、彼らは、神から遠く離れていた異邦人であったのが、悔い改めて、キリストのように変えられたのです。これが、教会の最終的な目的であり、クリスチャンがキリストのようになっていき、神の栄光が現われることが最終的な目的です。
 こうして、一部のユダヤ人やバルナバが、ギリシヤ人に愛をもって接し、奉仕をしたことによって、ユダヤ人と異邦人がキリストにあって一つになっていきました。

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