Seijin (January)


聖人固有祝日  (1月)
PROPRIUM DE SANCTIS

1月25日 聖パウロの回心 祝日
マルコ16・15-18

それまではまさしく悪霊に取り付かれていたようなパウロです。キリスト教徒を迫害し殺害していたそのパウロを、本人は願ってもいないのに神が突然光で包んで回心させて、最もキリストの弟子から遠い人物を最も偉大なるキリストの使徒にしてしまう。神様ってそういう圧倒的なことをします。神にお出来にならない事は何ひとつない。

復活されたイエスを見た人々が言うことを信じなかった弟子達に対し、イエスは「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい」と言われます。自分を信じなかった弟子達を先に信じ、信頼のうちに大きな使命をお与えになります。さらに信じる者には「しるし」までもお与えになるのです。罪深く、無力な私達を見捨てることなく、先に赦し、信じてくださる神、そして信じようとする私達のかすかな心に対し、復活されたイエスは共にいて、力を与えてくださるのです。この神の大きな愛、恵みを実感し、今日それぞれの場へと派遣されていきましょう。sese07

キリスト教が、小さな民族のイスラエル人の宗教から、僅か250年程の間に、ローマ帝国全土の宗教になったのは、教えの素晴らしさと同時に、このパウロの全く超人的と思える活動があったからです。
真にパウロ程、キリスト教の歴史に影響を及ぼした人はいないといえます。彼の数多くの手紙は、次のように訴えていると思われます。
 「みんな罪を犯しましたし、神の栄光(恵み)を奪われていますが、キリスト・イエスのあがないのわざを通して、神の恵みにより、無償で救われます」と。
 彼の素晴らしい働きも、実に神の恵みの結果と思います。その恵みとは、「私は神の子であるキリストに愛され、キリストは私のために死なれた」(ガラテヤ2・20)という徹底的な自覚であったといえましょう。
 私たちも同じように回心の道を歩み、その自覚が頂けるよう祈りましょう。
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パウロは、今日の第一朗読にあったように、タルソスに生まれた。タルソスは現在トルコにありますが、当時ローマ帝国の植民地であったので、パウロはローマ市民であった。ローマの市民権を持っていた。ローマ帝国の最大の力は軍隊でした。それで剣の力で、非常に広い帝国は、北はイギリスから南のエジプトまで、西はスペインから東のシリアまで、治められていた。パウロも若いときに剣を使っていました。回心してから、剣から執筆活動に切り替えました。キリスト教は田舎の小さな民族の宗教から、短時間で、ローマ帝国の宗教ひいては全世界の宗教と成り得たのは、パウロのおかげだと言われています。つまり、パウロの執筆活動はローマ軍を勝ち取った。パウロが、筆は剣より強いということを見せた男です。パウロは剣を持って描かれることは多いのは、こういう意味でしょう。パウロの言葉は剣のように鋭い。パウロは初めて、暴力に基づいた平和(Pax Romana)に代わって、愛に基づいた平和の可能性を示した。人類の流れを変えた人です。現在は、軍事力のほかに経済力があります。私たちは、パウロの信仰、希望、愛を受け継いで、これらに対抗できるかは、今私たちは体験しているチャレンジです。
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アルベリオーネ神父は1950年代に書いた文章(Anima e corpo per il Vangelo)の中で、聖パウロを選んだ理由についてこう書いています。「パウロ家族は、今日の世界で、聖パウロを生き、現すことを決意し、もし、聖パウロが今日生きるとすればこう生きるであろうと思うとおりに、考え、熱意を燃やし、祈り、自己の聖化に努める。聖パウロは、自分のうちにキリストご自身を現すために、神への愛と隣人への愛という二つのおきてを完全に生きた。(…)その創立であるパウロ自身が聖パウロ修道会になった。聖パウロ修道会がパウロを選んだのではなく、彼がわたしたちをえらんだのである」
また別のところで、「燃える感謝の念を使徒パウロにささげましょう。彼は修道会の真の創立者である。実際、彼が修道会の父であり、師、模範、保護者である。実に彼は見える形で、また霊的な方法で介入し、この家族になった。今、考えてみてもよく理解できないし、説明することも不可能である。」

以上のことばは、パウロ家族にとって、この祭日を祝うことの重要性を明確に表している。この祭日がわたしたちに思い起こさせる根本的なことは、「パウロ的霊性」であり、それは、わたしたちの存在と働き全体を生かす魂である。

なぜ聖パウロなのか。「聖性に卓越し、同時に使徒職の模範である聖人が望まれていた。聖パウロは、聖性と使徒職を統合して生きた人である。」彼の偉大さの秘訣はどこにあるのか。「聖パウロの偉大さの秘訣のすべては内的生活(vita interiore)にある。彼はその偉大な清貧(せいひん)の精神、勉学、深い知識、イエス・キリストへの愛、そして克己(こっき)の精神などの勝利を、内から獲得した、といえよう」。

聖パウロの祭日を祝う目的は三つである。


* 万民の使徒・博士であるパウロの偉大な教えを私たちに知らせ、記憶させ、信じさせること。
+ パウロの偉大な徳、特に神への愛、イエス・キリストへの愛、彼が持っていた人々への情熱を     模倣させ、イエス・キリストを生きさ   せること。
# 主の特別な計らいによってわたしたちに与えられたこの保護者であり、父であるパウロに対する信頼と信心を燃え立たせること。


 
1月26日 聖テモテ 聖テトス司教 祝日
ルカ10・1-9

テモテはリカオニア州(今のトルコ)のリストラ市の生まれ。父はギリシャ人でローマの役人。母オイニケはユダヤ人。47年頃パウロの第1回伝道旅行でパウロがリストラに布教した折り、テモテの家に泊まった。テモテはパウロから洗礼を受け、リストラ一帯を案内した。49年のパウロ第2回の伝道旅行でもテモテに会い、テモテは司祭に叙階され、その後はパウロの協力者として働いた。96年頃、テモテはエフェソで殉教。 テトスはシリア生まれでアンチオキアの異邦人であったと言われている。52年頃のエルサレム公会議に行き、この時からパウロの宣教の協力者であった。 テモテもテトスもパウロから個人的な暖かい手紙を受け取っており、異邦人の使徒といわれるパウロの弟子であり、よき協力者であった。

主は七十二人を御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされます。 主より先に私達のところに遣わされる人とは誰なのでしょう。私のうちに平和の子がいるのならその人が願う平和が私のうちにとどまり、また迎え入れるならいやされ、 神の国が近づくとあります。日々の生活において私達は平和な心で人と関わっているでしょうか。迎え入れているでしょうか。主はその人の後に来ます。私が平和な心を持たず、人を迎え入れなかったら、主は来てくださるのでしょうか。
主よ、今日 出会うあなたから派遣された人達と平和を分かち合い、神の国の到来を共に願い働くことができますように。sese07
イエスの弟子として「今、ここ」に派遣されている私達はどんな姿でしょうか。大きな財布、袋を持ちその中にお金、物、知識、名誉、地位をつめこみ、丈夫な履き物をはき、地面の冷たさ、やけどしそうな暑さ、踏むと痛い石の存在を知ることなく歩いているのではないでしょうか。福音を述べ伝え
る時イエスは何も持つなと言われます。ありのままの「私」が人々と痛みを共にしながら、ただ聖霊の力を信じ、そこにいる人の平和を祈る。その時こそ、真の糧で養われて心は満たされ、病人も癒されるのではないでしょうか。父と子と聖霊により頼み、自由な私のまま、イエスの弟子として働けますように。sese06
 

1月28日 聖トマス・アクイナス 司祭教会博士

中世キリスト教会におけるもっとも重要な哲学者、神学者、ドミニコ会士、教会博士で、その影響は今日にもおよんでいます。 「天使的博士」と呼ばれています。 ナポリの近郊の裕福な家庭に生まれ、5歳のころ当時の慣習にしたがってモンテ・カッシーノのベネディクト会修道院にあずけられました。 成長して修道士となり、いずれは修道院長か司教になることを期待されていました。

 しかし1239年にナポリ大学に送られたトマスは、1244年その地のドミニコ修道会に入会。 そして会からローマに赴(おもむ)くように命じられましたが、このとき兄に拉致(らち)され、自宅に連れ戻されました。 わが子が一介の托鉢修道士になることに母親が猛反対していたのです。 トマスは数ヶ月、自宅に軟禁されたのち、出ていくことを許されました。 家族の猛烈な反対を押し切ったトマスを、勉学のためパリにつれていったのは、ドミニコ会の第4代総会長ヨハネス・テウトニクスです。

 パリで出会ったアルベルトゥス・マグヌスに師事し、その後師とともにケルンに移りました。 ケルンに滞在中論理学に関する短い著作を2作完成させました。 その後1252年に博士号をとるため再びパリに遊学。 56-59年、69-72年の2回パリ大学神学部教授をつとめました。 74年リヨン公会議に出席の途中、ローマに近いプリヴェルノの"フォッサ・ノーヴァ (後註)”のシトー会修道院で没しました。 

 トマスは広範囲にわたる分野の著作を残していますが、なかでももっとも有名なのはカトリック教会の教義を注解した「神学大全」です。 神学を自然科学のように系統だてて説明したこのトマスの著作はすぐに高い評価を得ました。 教義に関する権威ある註釈書となり、ピウス12世(1939-1958)までの歴代教皇はこの著作を推奨し、承認を与えてきました。

 死後わずか半年で、列聖の要望がだされましたが、パリとオックスフォードの両大学から党派心にかたよった反対の声があがったため、トマスの列聖が実現したのは1323年のことでした。

 聖トマスの帰天日3月7日は、ほとんどいつも四旬節にあたるところから、記念は聖トマスの遺体がトゥルーズのドミニコ会修道院に移された(1369年)1月28日におこなわれます。 

 註:「新しい溝」という意味です。11世紀にはすでにプリヴェルノにはベネディクト会の修道院がありましたが、マラリアに汚染された湿地帯でしたので、1135年ここに入ったシトー会士が新しい排水溝をつくて健康地に改修したためにこの名がついています。



神よ私を忘れないでください
:::                            
私の神よ、私があなたを忘れても
あなたは私を忘れないでください
私があなたを見捨てても
あなたは私を見捨てないでください
私があなたから離れても
あなたは私から離れないでください
私が逃げだしても呼び戻し
反抗しても引き寄せ
倒れても起きあがらせてください


 私の神、主よ、お願いいたします
 いかなるむなしい考えによっても
 あなたから遠ざかることのない目覚めた心を
 いかなるよこしまな意向によっても
 ゆがめられることのないまっすぐな心を
 いかなる逆境にもめげず
 勇敢に立ち向かう強い心を
 いかなる卑しい情欲によっても
 打ち負かされることのない自由な心を
 主よ、私にお授けください


主よ、お願いいたします
あなたを求める意志を
あなたを見いだす希望を
あなたの望まれる生き方を
信仰をもってあなたを待ち望む堅忍を
そして、ついにあなたを所有できるとの信頼心を
主よ、この私にお与えください               

        聖トマス・アクィナス(1225-1274)

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典礼暦では今日、偉大な教会博士である聖トマス・アクィナスを記念します。トマス・アクィナスはその哲学者また神学者としてのカリスマによって、理性と信仰の調和のあるべき模範を示しています。人間精神の二つの次元である理性と信仰は、相互の出会いと対話によって完全なしかたで実現されるからです。
 聖トマスの思想によれば、人間の理性はいわば「息」をしています。つまり、理性は広く開かれた地平へと向かいます。この地平の中で、理性は自らをもっともよく経験できるのです。これに対して、人間は、物質的また経験可能な対象のみを考えるように自らを狭めるとき、人生や、自己自身、そして神に関する大きな問いに対して自らを閉ざし、貧しい者となります。
 信仰と理性の関係は、現代の西洋の支配的な文化にとって重大な問題です。そのため、愛すべきヨハネ・パウロ二世は、まさに『信仰と理性』という題の回勅を書きました。わたしも最近、レーゲンスブルク大学での講演の中で、この議論をあらためて取り上げました。
 実際、近代科学の発展は、数え切れないほどの積極的な効果をもたらしました。こうした効果は常に認めなければならないものです。しかし、同時に、経験されるものだけが本当だと考える傾向は、人間の理性を制約し、すべての人が認める恐るべき統合失調症を生み出しました。この統合失調症のために、合理主義と物質主義、最高の科学技術と抑制のない本能が共存しています。
 それゆえ、神の「ロゴス」の光と、その完全な現れ――すなわち、人となった神の子であるイエス・キリスト――に開かれた人間の理性を新たなしかたで再発見することが緊急に必要です。真正なキリスト教信仰は、自由や人間の理性をないがしろにしません。そうであれば、どうして信仰と理性が互いを恐れる必要があるでしょうか。互いに出会い、対話を行うことによって、両者はさらに優れたしかたで自らを経験できるからです。
 信仰は理性を前提し、また完成します。また理性は、信仰に照らされることによって、神や霊的な現実に関する認識へと上昇するための力を見いだします。人間の理性は、信仰の内容へと開かれることによって何も失うことはありません。それどころか、信仰は、自由に認識をもって同意されることを求めます。
 聖トマス・アクィナスは、時代に先んじた知恵をもって、当時のアラブ思想およびユダヤ思想と実り多いしかたで対決することに成功しました。こうして彼は、他の文化・宗教との対話に関する永遠に現代的な意味をもつ教師とみなされます。聖トマスは、キリスト教による理性と信仰の驚くべき総合を示すことができました。この総合は西洋文明にとって貴重な遺産です。この遺産を用いて、現代においても、東洋や南方の偉大な文化・宗教伝統と効果的なしかたで対話をすることができます。
 祈りましょう。特に学問や文化の領域で活動するキリスト信者が、自らの信仰の合理的な性格を表明し、愛に促された対話によってこの信仰をあかしすることができますように。聖トマス・アクィナスと、何よりも上智の座であるマリアの執り成しによって、この賜物を主に願い求めたいと思います。

(教皇ベネディクト十六世の2007年1月28日の「お告げの祈り」のことば カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画訳)
(2007.1.29)