ソロモンの知恵

ソロモンの知恵

知恵は、民族、人種、性別を超える普遍性を有し、同時に信仰を現実体験と結びつける。現実は多様性に富むゆえに、知恵もまた多様な姿となる。宗教とは、互いに矛盾対立する霊的体験の諸現象から成り立つものであって、理念や教義の集大成ではない。知恵がソロモン王国において大きな役割をはたしたのは、知恵の教え諭す教育性とその非民族性にある。知恵の御霊の働きは、信仰の律法化や祭儀化を克服するのである。

この意味で、ソロモン時代の知恵は、ほとんどヨーロッパ中世の神学に等しい。「主を畏れることは知恵の初め」という箴言(1・7)の言葉は、世俗の処世術から人々を主に向かわせると同時に、ヤハウェ宗教を多様な現実へと結びつける二重の働きを意味していたのである。ソロモン王国の知恵は百科辞典的な広さに及んでいる(列王記上5・9〜14)。だからそれが目指していたのは、当時のカナン文化圏全体をヤハウェの御霊によって管理すること、すなわち「カナン文化のヤハウェ化」そのものにあった。

 ソロモンの知恵の黄金時代以降、王国はふたつに分裂し、預言者たちによる弾劾が厳しさを増す。やがて捕囚体験を経て帰還したユダヤ民族が、再びかつての王権を確立することはなかった。しかし、ソロモン時代の知恵は、それ以降も受け継がれ、箴言、ヨブ記、コヘレトの言葉、知恵の書、シラ書、ダニエル書、ソロモンの詩編などの知恵文学を産み、これがイエスの時代へと受け継がれることになる。

一方、ソロモンの箴言、ソロモンの雅歌、ソロモンの○○と、ソロモンの名を冠にした箴言・雅歌・コヘレトの言葉(伝道の書)などは、自由で多彩な批判的精神あふれる知恵文学の隠れ蓑として、ソロモン王の権威が巧みに利用されています。硬直した律法主義的申命記的信仰を、多義的で重層的な陰影の深い宗教に変えています。いわばルネッサンス的役割を果たしています。
 ここが旧約聖書の面白いところです。わずか80年にも満たないダビデ・ソロモン時代が、出エジプト時代のモーセの伝承と共に旧約聖書の核心となるからです。





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