seijin (february-march)

聖人固有祝日  (1月~6月)
PROPRIUM DE SANCTIS



2月 2日  主の奉献  祝日
ルカ2・22-32


今日は、イエス様が生まれて40日経ち、律法に従ってヨセフとマリアがエルサレム神殿に赴き、イエス様を神に捧げたことを記念するお祝い日です。
教会はこの神秘において「神に奉献されたお方」「新しい人類の長子(ちょうし)」であるキリストを祝うのです。答唱詩編の中で歌われた「栄光の王」「戦いにおいて力強いお方」の神殿への荘厳な入場を記念しました。
 神殿の中に入場される力強い神とは、いったい誰のことでしょうか。その母、聖母マリアの腕に抱かれている幼きイエスです。 聖家族は、こうして母親の清めと長男の神への奉献、そしてその贖いという律法の規定を遵守します。 神への従順と、試された信仰、そして苦しみへの参与における第一人者、それは主の御母、聖母マリアでした。 その子イエスをエルサレムに連れて行くことによって、聖母はその子を世の罪を取り除く真の子羊として神に奉献し、シメオンとアンナには救いの告知として差し出し、そして、すべての人々に真理と愛の安全な歩みにおける光として示すのです。 教会は、今日、この主の奉献の祝日に「世界奉献生活者の日」を記念します。

奉献生活が、愛の表現、また愛を学ぶ学校として、重要な意味をもつことを考えるように、わたしたちを促します。第二バチカン公会議は、貞潔、清貧、従順によってキリストに倣うことが、徹底的に完全な愛に達することをめざすものであることを強調しました(『修道生活の刷新・適応に関する教令』1参照)。奉献生活の重要性と価値を示すために、教会は、2月2日の主の奉献の祝日に「奉献生活の日」を記念します。教皇ヨハネ・パウロ二世が好んで行っていたように、わたしも2月2日の午後、サンピエトロ聖堂でミサを司式します。このミサには、特にローマに住む奉献生活者の方々をお招きします。
 奉献生活の恵みを、ともに神に感謝しましょう。そして、奉献生活が、世において神の憐れみ深い愛を雄弁にあかしするしるしであり続けることができるように、祈りたいと思います。
 愛の鏡である、至聖なるマリアに祈りたいと思います。マリアの母としての助けによって、キリスト信者が、また特に奉献生活者が、聖性の道を速やかに、また喜びのうちに歩んでいくことができますように。(カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画訳)

                                                  



2月 5日 日本26聖人殉教者

マタイ28・16-20


長崎の西坂の丘に、二十六人の殉教者の記念碑がたっています。かれらは寒さにこごえ、泥にまみれて殉教していきました。記念碑の一人一人の像は、「すべての民よ、主をほめよ」(Laudate Dominum omnes gentes)(詩篇117)と歌いながら天に召されていきました。「すべての民よ、主をほめよ」日本二十六聖人は身をもって証しをしましたメッセージです。イエスの弟子として命をささげました。殉教者の血が身を結ぶように、いま、わたしたちに祈りと生活の証しが求められています。(荒)現代社会での「殉教」は、快楽や利益や効率を追求する流れに逆らいながら、社会の様々な圧迫の中で、苦しみを捧げていくことかもしれない。イエスの言葉は力強い。疑う者にさえ、いや疑う者にこそ、「わたしは世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と語る。イエスの復活を信じることは、生かされている自分の存在を信じること。私がそれを疑い、あきらめや無力さを感じても、主は共にいてくださる。主よ、あなたと共にあることを感じられない時、あなたに気付くきっかけを与えてください。sese07
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マタイ書の終わりに、イエスは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」そして最初は「その名はインマヌエル(神はわれわれと共におられる)」と共におられる神は、マタイの一貫したテーマです。しかしキリスト者同士の集いの中にそれを実感できない現実もあります。教会内での中傷、人間関係の問題やトラブル、キリストが共にいると感じられず、信じられないこともしばしばです。教会という組織にも、そこにキリストを見いだすことは難しいかもしれません。教会は組織よりも、人と人が本気で、キリストに信頼して集うということが最も大切なことです。私たち一人一人がイエスの名において人と出会おうとすることからすべては始まるのではないでしょうか。
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1549年聖フランシスコ・ザビエルの来日から40年、信長の後を継いだ秀吉の時代に入ると日本社会がほぼ統一に向かい始め、キリスト教に対する態度が変わってきました。
 1587年秀吉は宣教師たちの追放を命ずる「伴天蓮追放令」を出し、地域的に温度差はありましたが、各地で迫害が始まりました。まずキリスト教を述べ伝える宣教師とその身近な協力者が迫害の対象となりましたが、次第に地域も対象も広げられ、秀吉の追放令が出て、10年目の1597年にフランシスコ会のペトロ・バプチスタ神父、イエズス会のパウロ三木神父を始めとする聖職者9人と信徒17人のいわゆる26聖人の殉教がありました。

1. 聖パウロはローマ人への手紙の中で述べています。
「誰がキリストの愛から私たちを引き離すことができましょうか。
 艱難か、苦しみか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、死か。然しこれらすべてのことにおいて、私たちは、私たちを愛してくださった方によって輝かしい勝利を収めています。死も、命も・・・
 支配する者も私たちを主キリスト・イエスによって示された神の愛から引き離すことはできないのです」。
 日本の殉教者も聖パウロと同じことを叫び、神様の恵みに信頼して信仰に生きることを怖れるなと叫び続けています。

 4. 殉教者は呼びかけています。毎年3万人以上の自殺者が出る日本の社会に呼びかけています。生きるとはどういうことか、死ぬとはどういうことか、人間は何のために生きるのか、人生の目的、意義とは何か、苦しみに意味があるのかなどの人生の根本問題について深く考えるよう求めています。
 信仰の自由を否定され、殺された殉教者は叫んでいます。神の似姿に創られた人間の尊厳性、また人間が持つ固有の精神的能力、考え、判断し表現する自由などの重要性、それに反するあらゆることを避けることを強く訴えています。なかでも人間の生きる権利が胎児のときから死にいたるまで大切にされること。武器の製造、売買、それを使っての殺人行為である戦争。極度の貧富の差により非人間的生活を余儀なくされている者たちへの配慮など、すべての人が大切にされ、尊敬され、人間らしくいきられる世界となるよう祈り、活動することを求めているに違いありません。

白柳誠一枢機卿 「ペトロ岐部と187殉教者列福式」ミサ説教 2008年11月24日 長崎県営野球場(ビッグN)で
二十六聖人の氏名 (Wikipedia)
(以下、二十六聖人記念碑の右側から順に列挙)

伊勢のフランシスコ
日本人大工。フランシスコ会員の世話をするため、一行に付き添い、道中で捕縛された。
コスメ竹屋
日本人、38歳。大阪で捕縛される。
ペトロ助四郎(またはペドロ助四郎)
日本人、イエズス会員の世話をするため一行に付き添い、道中で捕縛された。
ミカエル小崎(またはミゲル小崎)
日本人、46歳。京都で捕縛。トマス小崎の父。
ディエゴ喜斎
日本人、64歳。大阪で捕縛。イエズス会員。
パウロ三木
日本人、33歳。大阪で捕縛。イエズス会員。
パウロ茨木
日本人、54歳。京都で捕縛。レオ烏丸の兄。
五島のヨハネ草庵(またはヨハネ五島)
日本人、19歳。大阪で捕縛、イエズス会員。
ルドビコ茨木
日本人、12歳で最年少。京都で捕縛。パウロ茨木、レオ烏丸の甥。
長崎のアントニオ
日本人、13歳。京都で捕縛。父は中国人、母は日本人。
ペトロ・バウチスタ(またはペドロ・バプチスタ)
スペイン人、48歳。京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
マルチノ・デ・ラ・アセンシオン
スペイン人、30歳。大阪で捕縛。フランシスコ会司祭。
フェリペ・デ・ヘスス(またはフィリッポ・デ・ヘスス)
メキシコ人、24歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
ゴンザロ・ガルシア
ポルトガル人、40歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
フランシスコ・ブランコ
スペイン人、28歳。京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
フランシスコ・デ・サン・ミゲル
スペイン人、53歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
マチアス
日本人、京都で捕縛。本来逮捕者のリストになかったが、洗礼名が同じというだけで捕縛。
レオ烏丸
日本人、48歳。京都で捕縛。パウロ茨木の弟。ルドビコ茨木のおじ。
ボナベントゥラ
日本人、京都で捕縛。
トマス小崎
日本人、14歳。大阪で捕縛。ミカエル小崎の子。
ヨアキム榊原(またはホアキン榊原)
日本人、40歳。大阪で捕縛。
医者のフランシスコ
日本人、46歳。京都で捕縛。
トマス談義者
日本人、36歳。京都で捕縛。
絹屋のヨハネ
日本人、28歳。京都で捕縛。
ガブリエル
日本人、19歳。京都で捕縛。
パウロ鈴木
日本人、49歳。京都で捕縛。
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豊臣秀吉
26聖人殉教した翌年1598年5月から秀吉は病に伏せるようになり日を追う毎にその病状は悪化していった。

露と落ち 露と消へにし わが身かな 浪速(なにわ)のことは 夢のまた夢」
※秀吉の辞世の句といわれる
※夢のように儚く消える我が身である。人生は夢のまた夢であった。
露のようにこの世に生まれ落ち、そして露のようにはかなく消えていってしまった
この身であることよ。大阪城で過ごした栄華の日々は、夢の中の夢のようにはかないものだった。


百姓として生まれた秀吉は、 異例の出世を果たしていった多くの難関を乗り越え、そして、さまざまな優れた人物との出会いが訪れたり、 天下獲りのチャンスが到来したりと、 秀吉の人生には、あちこちで素晴らしい幸運が散らばっている。

戦国時代を駆け抜け、天下統一を果たし、この世の栄華尽くした男の人生は、死に対する恐れとの戦いだったかもしれない。最高権力者であった秀吉はこのような悟りを得た。


2月22日聖ペトロの使徒座
「あなたはペトロである。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。」
マタイ16・13-19



あいさつ:聖ペトロの使徒座の祝日は、不完全な人間にもかかわらず、選ばれた者の奉仕をとうして神の恵みが教会にそそがれるという事実を私たちに思い起こさせます。
ペトロの信仰宣言、「イエスは神の子、キリストである」の上に教会は建てられました。人間的に見れば、お人よしで、そそっかしく、洞察力の足りない漁師シモンは、キリストによってぺトロ(アラム語で「ケファ」)と改名され、キリストの教会を導いていく一代目の教皇になりました。ペトロの信仰告白は、天の父からの啓示、恵みであって、単なる人間の知恵を越えています。同じように、教会が地上で解き、あるいは結ぶ(つなぐ)権能も、地上的なものではなく、神の恵みの世界に属しています。罪と悪の束縛から解放するのは、神の愛であり、同じように、分裂し、散らされていた子らを一つに結ぶのも、神の愛(聖霊)です。神の恵みに仕えるしもベペトロは、恵みの独占者ではなく、ましてキリストの羊たちに対する独裁者でもありません。ペトロの首位権とは、兄弟たちの和解と一致のため、悪と不正に束縛されている人びとを解放し、平和をもたらす愛の奉仕職を意味しています。
ペトロは、キリストを裏切った辛い思い出をもっていました。その人間的弱さをゆるしてくださったキリストに対する愛と懐かしさが、他の兄弟たちに対する愛、やさしさとなって表されました。
ローマの聖ペトロの使徒座は、ペトロの人間的弱さ、歴史上繰り返された数多くの罪にもかかわず、神が、そのような不完全なささげものをも、喜びとして受けいれてくださる祭壇を象徴しています。(荒)
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354年にさかのぼる"Depositio Martyrum"という書物にすでに二月22日に"Natale Petri de Cathedra"という祝日の記述があります。Cathedraとは「座席」という意味であり、死者を記念する際、故人を思い起こさせる空席が置かれていたことに由来する。


3月17日 「日本の信徒発見」

1.150年前に何が起こった?
 鎖国政策を行っていた幕府は、1858年、5カ国(米蘭露英仏)と修好通商条約を締結して、長崎、神戸、新潟、横浜、函館の5港を開き、条約国に居留と独自の宗教施設の建設を容認したのです。こうして1859年、パリ外国宣教会のジラール神父が横浜に着任、
62年に教会を建て、63年、プティジャン神父を長崎に派遣して大浦天主堂建設に当たらせます。献堂式の1カ月後、65年3月17日、十数名の浦上の潜伏キリシタンたちがプティジャン神父を訪ね、信仰を打ち明けたのです。「信徒発見」の出来事です。
 その後、各地の信者たちと神父たちとが密かに行き交います。ところが、浦上での自葬事件(700世帯がお寺で葬式を断った)を機に各地で最後の「崩れ」(大量検挙による組織の崩壊)が起こり、殉教者も多数出ます。
このような弾圧を西欧から非難された明治政府は、73年、ついに禁制高札を撤去します。

 「信徒発見」の出来事は、260年に及ぶ禁教と迫害の末に、殉教者の信仰の種が芽をふき、日本の教会の復活となる摂理的な出来事でした。
(2)迫害と潜伏の中での信仰の継承の歴史を明らかにする 「信徒発見」は、特に聖職位階のない中で、殉教に至るほどの信仰を絶やさず守り伝えた事実を世界の教会に明らかにした衝撃的な出来事です。
 
(イ)潜伏教会の最初の告白は、「ワレラノムネ アナタノムネト オナジ」でした。「ムネ」は、代々受け継いだ信仰の内容、福音と教会の教えです。日本の教会は、『どちりなきりしたん』をもとに同じ信仰を共有していました。プティジャン神父をカトリック司祭と確認する基準は、聖母マリア、司祭の独身性、ローマ教皇でした。孤立していた彼らは、一貫したカテケジスのおかげで、マリアに導かれて、主イエスと、主イエスを頭とする教会と再会したのです。
 
(ロ)「サンタ・マリアの御像はどこ?」「御子ゼズスさまを御腕に抱いていらっしゃる!」信仰告白に次いで口にしたのが「サンタ・マリア」でした。「マリアを通してイエスへ」という信仰は、「イエス、マリア」と唱えた多くの殉教者と共に、潜伏の中で受け継がれ、日本の教会は、聖母のご出現と教皇ピオ9世による「無原罪の御宿りの聖マリア」の信仰箇条の公布の後、マリアを通して復活へ導かれたのです。ちなみに長崎奉行が絵踏みの中止を宣言したのは、ルルドでの聖母の最初のご出現の翌日のことでした。
 
(ハ)潜伏の教会は、神父に「今は悲しみ節(四旬節)です」と言います。彼らは、毎年、主の降誕と復活祭の日を繰り出して、1年の暦を定めていました。悲しみ節には祝い事を慎み、主の受難と死にあずかる生活をするなどして、信仰を連綿と受け継いだのです。
 
(ニ)キリシタンたちは、毎年の「絵踏み」のとき、絵を踏み、良心の痛みを強く感じながら、帰宅すると「こんちりさん」の祈り(「完全に痛悔してゆるしを求める祈り」)を唱えたのです。彼らは、心から神のゆるしを求め続けた信仰共同体でした。
 
(ホ)潜伏時代、各地の教会共同体には帳方(指導者)、水方(授洗役)、聞役(帳方の指図を聞いて各戸に触れまわる)の3人の世話役がいました。また、「慈悲」「サンタ・マリア」「聖体」「ロザリオ」「帯」の名を冠した組も信仰の涵養と隣人愛の実践、支え合いにより共同体づくりに参与しました。
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1549年、キリスト教はザビエルによって伝えられた。当時のキリシタンは30万人に膨れ上がった。しかし、為政者によるキリスト教禁止令は日本26聖人をはじめ多くの殉教者を生んだ。江戸幕府はキリシタン禁制を徹底させ、巧妙残酷な拷問や処刑方法を案出した。踏絵を強行し、踏めば棄教、拒めば処刑である。この踏絵は九州、特に長崎では江戸時代末期まで続いた。隠れキリシタンは信仰に背いた良心の呵責をコンチリサン(懺悔)でなだめた。それでも絶えず信仰の自由が与えられる時を忍耐して待ち続けた。

日本が開国して外国人寄留者のためにプティジャン神父が長崎に派遣、1865年2月、大浦天主堂が建立された。同年3月17日のことである、浦上の約15名の隠れキリシタンが見学を装ってやってきた。その中の婦人が「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」と信仰を証しした。しかもプティジャンがカトリック信者と確信したのが、「サンタ・マリアの御像はどこ」という言葉だった。

その後、長崎県周辺で次々と信仰を告白する者が続出。これが浦上四番崩れを引き起こした。多くのキリシタンが流罪に処せられた。日本政府は外国の非難にさらされ、キリシタン禁令を撤回したのが1873(明治6)年2月のことだった。流刑者は浦上に帰郷することができたが、ほとんどは拷問で死んだ。やがて浦上に東洋一の天主堂が献堂される。しかし、その感動は束の間だった。1945年8月、浦上天主堂上空で原子爆弾が炸裂した。多くの信者が死んだ。

私たちは3月17日、信徒発見150年を祝う。浦上の歴史は日本のカトリック教会の殉教の歴史でもある。隠れキリシタンは迫害下で信仰を伝授する知恵を授かった。しかし、今、私たちは多様化していく社会の中で確固たる信仰を伝えていく知恵を持ち合わせているだろうか。現代文明が引き起こした負の遺産を担いながら、文明というバビロン捕囚の中で福音の喜びを宣べ伝えていきたい。神は独り子をお与えになったほどに、この世を愛されたのだから。
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宮崎賢太郎、「信徒発見の真相にかんする新見解」、福音宣教(オリエンス)2015年4月号 参照。 



3月19日 聖ヨセフ
「ヨセフは正しい人であった」
ルカ2・41―51a


ヨセフはとてもつつましい、おとなしい父親だったと想像できます。聖書の中ではヨセフの言葉が一つも見当たりません。彼は自分の苦労を宣伝しようとせず、黙々とマリアとイエスのために働きました。「ヨセフは正しい人でだった」というのはこの意味でしょう。
 今回も母親マリアはイエスを叱って、父親の心配を代弁しています。彼の中心的な役割は妻のマリアを保護し、マリアの法律上の立場を保障するところにありました。そして彼はその役割をかんべきに果たしました。自分の子供でない子供の父親となって、神の言葉を信じてマリアを妻に受け入れたことは、ヨセフの人間性の豊かさを示しています。家族を一つにつなぐのは血筋ではなくて、メンバーのお互いの愛であることをヨセフは教えてくれます。
 何人ものベトナムの少年を育てた神父がいますが、彼らから「お父さん」と呼ばれていましたす。たとえ、血のつながりがなくても、そこにはまぎれもない一つの家族があります。(ステファニ)
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--第2朗読は、ローマの信徒への手紙4章、神の約束とアブラハムの信仰について読まれます。「神はアブラハムやその子孫に世界を受け継がせる」約束です。
神の約束は、アブラハムの信仰ゆえに実現しました。この実現は神の寛大な恵みによるものです。神の約束は、神の無償の恵みとアブラハムの信仰、神はまさにそのようなお方であるという確信にかかっています。
聖ヨセフの祝日にこの箇所が読まれるのは、「彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ……多くの民の父となりました」という、まさに聖ヨセフの信仰を考察すると理にかなったことと言えます。
 「ヨセフは主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた」(マタイ1・24)。このことばはすでに神がヨセフにゆだねた使命を含んでいます。それは、守護者(custos)となるという使命です。ヨセフはだれの守護者となるのでしょうか。マリアとイエスです。しかし、ヨセフが守護する対象はさらに教会にも及びます。福者ヨハネ・パウロ二世が強調したとおりです。「かつて聖ヨセフは愛をこめてマリアの世話をし、喜びをもって献身的にイエス・キリストを養い育てました。その聖ヨセフが、今も同じように、キリストの神秘体である教会、聖なるおとめマリアを理想像、模範と仰ぐ教会を見守り、保護しています」(使徒的勧告『救い主の守護者聖ヨセフ』1:Redemptoris custos)。
ヨセフは聖家族をヘロデから守りました。
 残念ながら、歴史のあらゆる時代に「ヘロデ」が存在します。彼らは死を企み、人間の姿を壊し、醜いものとします。
  経済、政治、社会の領域で責任を負う人々は、またすべての人々は、ヨセフにならって、被造物の守護者となるべきです。憎しみと妬みと高慢が人生を台無しにすることを忘れてはいけません。それゆえ、守護するとは、自分の感情と心に注意を向けることです。よい意向も悪い意向も心から出てくるからです。こうした意向が、家族、社会を築き、また壊すからです。
  配慮し、守護するには、いつくしみが必要です。柔和さを生きることが必要です。福音書の中で、聖ヨセフは力強く、勇気に満ちた労働者としての姿を示します。しかし、ヨセフの心の中に見られるのは深い柔和さです。柔和さは弱者の特徴ではなく、むしろその反対に、心の強さを示します。それは、注意し、共感し、他者に心を開く力です。愛する力です。いつくしみと柔和さを恐れてはなりません。

 
3月25日 神のお告げ
ルカ1・26-38

マリアの頭の中をさまざまな思いがよぎったことでしょう。‥‥そんな大それたことが自分に起こるということ。そしてなによりも、婚約者であるヨセフはどう思うだろうか?「裏切られた」と思うに違いない。神さまによって宿ったなどと信じるだろうか?また、ヨセフが自分を姦通罪を犯したと言って訴えるかもしれない。そうすると姦通罪は石打ちの死刑‥‥そのようなさまざまな思いが浮かんできたことでしょう。それは大いなる不安です。 
 それなのに自分の所に現れた天使は、最初に「おめでとう」と言いました。とてもおめでたく思えない。いったい何がおめでとうなのか、なぜ「おめでとう」なのか? 

 「神にできないことは何一つない」!‥‥この言葉こそ真理です。そしてそれは神さまだけに当てはまる言葉です。私たちにはできないことだらけです。しかし私たちにはできないことも、神さまにはおできになります。この事実があるからこそ、私たちは生きていけるのだと思います。 それに対してマリアは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と答えたのです。 
 「はしため」とは、分かりやすく言えば「女奴隷」という意味です。奴隷というのは主人の所有物でした。ですからここでマリアが言っていることは、「主なる神さま、わたしはあなたのものです。どうぞ御心のままになさって下さい」ということです。神さまを信じたのです。聖霊によって神の子を身ごもったなどということを、この世の中の誰も信じないようなことを、それゆえに婚約者のヨセフも信じないだろうし、したがって自分は姦通罪で死刑になることが当然予想される。‥‥この一大事に、マリアは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と答えたのです。全面的に神さまに信頼し、ゆだねる言葉です。 
 わたしたちはここに、何故神さまがマリアをお選びになったのか、ということが分かってきます。神さまが、イエスさまをこの世に遣わされるために、人間に求めておられたものは、宮殿の中のふかふかのベッドでもなく、この世の権力でもなく、金銀財宝でもありません。神さまがただ一つ必要とされていたものは、「信仰」です。信じる、ということです。これこそが神さまが求めていたものです。マリアが信じなかったなら、私たちの救いもなくなるのです。 
 この信仰によって、あらゆる困難が予想されるにもかかわらず、御使いは「おめでとう」と最初に言ったのです。そして困難というものは、「神にはできないことは何一つない」、その言葉を受け入れることによって、神さまの御業へと変えられる。祝福へと変えられる。私たちもその信仰の世界へと招かれています。不信仰な私たちですが、どうか聖霊が信じることへと導き、助けて下さいますように。
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教皇ベネディクト十六世の2007年3月25日の「お告げの祈り」のことば
聖ルカによる福音書の初めに語られる神のお告げは、つつましい出来事です。それは隠れていますが――マリア以外の誰もそれを見ず、誰もそれを知りませんでした――、同時に人類の歴史にとって決定的な出来事です。おとめマリアが天使のお告げに「はい」と答えたとき、イエスは胎内に宿りました。そしてイエスとともに歴史の新しい時代が始まりました。この新しい時代は、後に「新しい永遠の契約」としての過越の中で確かなものとされます。実際、マリアの「はい」は、キリストが世に入ったときに述べた「はい」の完全な映しです。ヘブライ人への手紙が詩編40を解釈しながら次のように述べる通りです。「ご覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてある通り、神よ、み心を行うために」(へブライ10・7)。御子の従順は聖母の従順の内に反映しています。そして、このようにこの二つの「はい」が出会うことによって、神は人間の顔をとることができました。だから神のお告げはキリストの祭日でもあります。この祭日は受肉という、キリストの神秘の中心を祝うからです。
 「ご覧ください。わたしは主のはしためです。おことば通り、この身になりますように」。マリアの天使に対するこたえは教会の中で引き継がれます。教会は歴史の中にキリストを現存させるよう招かれているからです。ですから教会は、神があわれみをもって人類を訪れ続けることができるように、自らを進んでささげます。こうしてイエスとマリアの「はい」は、聖人たち、特に殉教者たちの述べる「はい」によって更新されます。殉教者たちは福音のために殺されたからです。わたしがこのことを強調するのは、昨日の3月24日のサン・サルバドルの大司教オスカル・ロメロ(1917-1980年)が暗殺された命日祭に、わたしたちは「殉教した宣教者のための祈りと断食の日」を行ったからです。司教、聖職者、男子修道者、女子修道者、そして信徒が、福音宣教と人間性の推進の使命を果たしているときにいのちを奪われました。今年の「殉教した宣教者のための祈りと断食の日」のテーマが述べるように、これらの殉教した宣教者たちは「世の希望」です。彼らは、キリストの愛が暴力と憎しみよりも強いことをあかししているからです。彼らは殉教を求めたわけではありませんが、福音に忠実にとどまるためにいのちをささげる準備ができていました。キリスト教の殉教は、ただ神と隣人への愛という最高の行いのゆえにのみ正当化されるのです。
 この四旬節の間、わたしたちはしばしば聖母を仰ぎ見ます。聖母は、ナザレで述べた「はい」に、カルワリオ(されこうべの場所)で証印を押したからです。御父の愛のあかしであるイエスと一つに結ばれながら、マリアは魂の殉教を生きました。信頼をもってマリアの執り成しを祈り求めようではありませんか。どうか教会がその使命を忠実に果たし、全世界に対して神の愛を勇気をもってあかしすることができますように。

(カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画訳)(2007.3.26)
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マリアは、おとめである母として、教会にとって「永遠の模範」となっています。(…)教会は「信仰によって受け入れた神の言葉を通して、自分もまた母となります」。マリアが、お告げで示された神の言葉を受け入れ、十字架に至るまでも試練に耐えて忠実を守ることによって、信じた最初の者となったように、教会も、神の言葉を忠実に受け入れ、「宣教と洗礼をもって、聖霊によって懐胎(かいたい)され、神から生まれたこどもたちを、新しい不死の生命に生む」とき、母となるのです。(教皇ヨハネ・パウロ二世『救い主の母』より)

seijin (april-june)

4月25日 聖マルコ福音記者
マルコ16:15-20 


ペトロや弟子たちに目を転じたとき、彼らはイエス様の復活前は、イエス様について行くことでこの世の名誉が得られるととらえ、「あなたの右と左に座らせて下さい」と頼んだりしていたのです(マタ20:21)。だからこそ十字架を目の前にして逃げるしかなかったのです。しかしイエス様の十字架と
復活を体験した後、確かに弟子たちは変わります。それは十字架にかかってまで、「私」を救いたいイエス様の愛を心から悟り、そのゆるしを知ったからです。
もちろん弟子たちが変わったのは、イエス様が単に無力なまま終わったのでなく、いったん人間の裁きに神の力を明け渡したが、それにもかかわらずどの権力者も手に入れることのできなかった、死んでも滅びない「永遠の生命」を復活で示し、イエス様がまことに「生命の与え主」であること、また神の限りない赦しを知ったからに他なりませんが。
さて、私たちは、カトリック信者になったとはいえ、まったく普通の人間のままです。では私たち無力な信者は、今の時代にあって何をなすべきなのでしょうか。
一方的に世話をする強者、上から与える者、恵まれたもの、教え込む者として、善意を押しつけるのでなく、「私も同じ弱さと問題を持っている。どうしたらいいのか分からない。でもそんな私を受け止めてくれる神様を知っている。だから一緒に祈ろう」と共に祈るものになること。
 「マザーテレサのように自分の宗教を押しつけることなく、共に貧しく生きながら誰もしたがらないことを、着実にやり続けること」。それらのイメージではないでしょうか。
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信じる者は、イエスの名によって「悪霊を追い出し、新しい言葉を語る」ようになります。悪霊のわざとは何でしょうか。さまざまな思いや物事に囚われ、神からの恵みを見失ってしまう状態ではないでしょうか。イエスの救いは、私たちを心の底から自由にします。神の似姿として造られたありのま
まの自分を認め、愛することができるようにします。この魂の解放こそ、全世界に宣ベ伝えるように私たちに与えられた愛のことばではないでしょうか。
主よ、私たちをこの世に神の国をもたらす道具としてお使いください。一人一人が神に呼ばれている自分に気づき、その恵みと解放に与るものとなりますように。


マリア祭 (百合学園)1 maggio 1997


今日は、マリア祭ということで、マリア様のことを祝うようになりました。私たちは、教会でマリアのことを聖母マリア、つまり聖なる母親、お母さんと呼んでいます。だれの母さんかといいますと、皆さんもご存知だと思いますが、まずイエス・キリストのお母さんですね。でも、マリアは全人類、すべての民族のすべての人のお母さんとも言われています。(「恵まれた者、今から後、いつの時代の人々も、私を幸いな者と呼ぶでしょう」)。ですから、マリア様を祝うことは私たちのお母さんを祝うことになります。
皆さん、お母さんをもっていない人は一人もいないはずです。生まれる時からお母さんをもっていない方は手をあげてください。あら、みんなもっていますね。これは、どう言うことを意味するのでしょうか?みんなこの世に生まれる時はお母さんを通して生まれるわけですね。だれも、この世に来たいと思って一人でこの世に生まれることはないなんですね。つまり、生まれる時に我々は誰かにお世話にならなければならないです。いのちというものは自分で獲得するものではなくて、もらうものなんでしたね。生徒も先生も保護者の方も、皆、いのちをいただいたなんですね。百合学園を作ったシスターたちもいのちをいただきました。いのちあるものは、皆同じところ(神様)から恵みを受けています。そして、こうやって皆さんが元気に勉強して成長していくのは、各自の努力もありますが、実は大きな恵みのおかげなんですよ。
母の日の場合は、それぞれ自分のひとりだけのお母さんの祝いですが、マリア祭の場合は、みんなの共通のお母さんに感謝をあらわすことになります。
マリアはイエス・キリストを生むことによって、私たちの誕生からはじまる人生のすべてを通して、神の子となる恵み(可能性)にあずかることができるようになりました。そう思うと、マリアに深い親しみと愛を感じるようになるでしょう。マリアの受けた恵みは、神の人類に対する深い愛を示しているので、彼女ひとりではなく、私たち人間皆に大きな喜びをもたらしました。

5月3日(水)
聖フィリポ 聖ヤコブ使徒
ヨハネ14:6-14


 聖フィリポは、ガリラヤのベトサイダで生まれ、イエスに従った最初の弟子の一人であった。
「ヤコブ」は12使徒の中に2人いるため、福音書の中では「ゼベダイの子ヤコブ」(8月25日に祝われる使徒)、「アルファイの子ヤコブ」(5月3日に祝われる使徒)というように区別されています。
 聖ヤコブは、使徒大ヤコブと区別するために、小ヤコブとも呼ばれる。ヤコブは、イエスの親類であり、エルサレム教会の初代司教となった。
フィリポにせよ、ヤコブにせよ、新約聖書の記述や伝承からでは、その生涯を知ることは不可能です。この事実は、わたしには重要なことであると思えます。わたしたちは、すばらしい生き方をしたキリスト者の生涯を、信仰者の模範として語り伝えようとします。しかし、初代教会は、教会のいしずえとなった使徒たちの生涯を語り伝えようとはしなかったのです。それは、ペトロについても言えることです。ペトロは、福音書や使徒言行録の中にしばしば登場しますが、その出生から始まって、イエスに出会う前のことは伝えられていません。使徒たちは、「使徒」としてイエスに選ばれ、この召命に忠実にこたえて生きることをとおして、救いの計画の実現に参与したということ、初代教会が重視したことはその一点なのでしょう。

これ以後、イエスが「わたしを見た者は父を見たのだ」(14・9)とフィリポに言われたことが、弟子たちにも当てはまるようになります。弟子たちも、イエスに派遣された者として、イエスの内に深くとどまり、イエスの言葉を語り、イエスの望みを行うようになります。弟子たちを見た者は、イエスを見たのだと言えるほどまでにです。これこそ「使徒」であることの意味合いではないでしょうか。12人の使徒たちは、この「使徒性」を少しずつ理解し、身につけていったのでしょう。

 教会は、彼ら12人に続く、「使徒」としての務めを与えられた人々によって成長してきました。しかし、キリストの派遣の言葉は使徒たちだけにではなく、すべてのキリスト者に向けられています。御父とキリストとのかかわりに招き入れられ、聖霊を与えられたのは、何も使徒たちだけではないのです。わたしたち一人ひとりも、イエスに至る道、イエスを示す真理、イエスを与える命となるよう招かれているのです。この招きに少しでもこたえることができるよう、聖フィリポと聖ヤコブにならいたいと思います。
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道、真理、命である自分を通らなければ、誰も父なる神のもとに行けないとイエスは言います。日本には剣道、柔道、華道などの伝統があり、自分の身を厳しく律し、道を習い、究めてゆくことを通して達する境地が、素晴らしいものであることを日本で育った人はよりよく理解することができるのではないでしょうか。
主よ、どうか私たちが真理であり、命である「イエス」の道を最後まで歩み、永遠の命に達することができますように。


5月14日 聖マチア使徒
ヨハネ15・9-17

イエスは新しいイスラエル、教会を象徴する十二人の使徒を選びました。ユダが死んだあと、マチアが加えられ、使徒職が続けられます。十二使徒は、イエスの公生活の始まりから死に至るまで、いつも一緒にいた者です。イエスの奇跡を目撃し、そのことばを受けとめ、ご受難と復活の喜びとを体験し、その証しをすることができる者、地上で生活された人間イエスが復活の栄光に輝く神の子と同じかたであることを力強く宣言できる者でありました。その意味で、十二人の使徒は、教会の中で、一度限りの特別な存在であると言えます。しかし、十二使徒の役割は、彼らの存在本質、つまり主とともにいるということと並んで、世の終わりまで続けられます。主イエスは聖霊によって十二使徒の後継者の中に現存されるのです。(荒)
教会は受肉したことばの秘儀に照らして初めて理解できます。神のことばにまとわれた人間性が、生きた機関としてこの世に福音をのべ伝えたように、教会の社会的組織はからだのように成長し、キリストの霊に生かされながら、キリストと同じことを今現在行っているのです。教会を通してキリストは今私たちは住んでいる町を歩いておられるのです(教会憲章8参照)。


5月31日 聖母の訪問
ルカ1:39-56


今日は、「聖母の訪問」という記念日です。天使のお告げを受けてイエスを身ごもったマリアが、洗礼者ヨハネをすでに身ごもっていたエ
リサベトを訪問したことを記念します。その時、マリアの歌った歌が「マグニフイカト」です。

英語ではマグニファイ(magnify)とは拡大するという意味です。
 自分を小さくして神様に従ったマリアは神の部分を大きくする。大きくたたえる。
 神様の恵みを拡大して大きく大きく祈ったマリア。
 わたしたちは、神様を利用して神様よりも、自分を大きくしていることはあるかもしれません。
マリアのように、自分たちの生活の中で神の部分を大きくして行きたいものです。

母マリアは、いまも私たちのところに急いで来てくださり、恵みそのものであるイエスを与えてくださいます。母親は自分の子供たちは牢
獄に囚われていても、母であることを捨てず、犯罪者の子のために牢獄の中にまで行きます。その母の愛が私たちを絶望と孤独から解放します。(荒)
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「あなたは女の中で祝福された方です。」「今から後(のち)、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、」このことばからしますと、神はマリアを人類の模範として定めて、示してくださったことになるようです。私たちはそれを受け止めて、人々と苦しみ楽しみを分かち合い、他者の必要を気にかけて、全き神への信頼のうちに、すべてを耐え忍び、分からないことに対しては、心にとめ、時がくるのを待ちます。マリアは自分の中で行われた神の業に目を向けます。マリアに倣い、聖霊のうながしに従って自分を開け渡し、生涯が、神の栄光を表わす場となるように決意を新たにしましょう。


6月?日(金)イエスのみ心の祭日
ヨハネによる福音(19:31-37)

 祭日の日付

キリストの聖体の祭日(日本では聖霊降臨後第二の主日に祝われる)の日付を調べ、その直後の金曜日にあたります。

6月はイエスのみ心の月
 イエスのみ心に対する信心は中世に始まり、聖マルガリタ・マリ・アラコクがみ心の信心についての啓示を受けた17世紀にフランスで広まりました。そして1856年に、教皇ピオ9世によって全世界で祝うことが定められました。イエスのみ心に表される神の愛を思い起こすとともに、イエスの無限の愛のしるしであるみ心にをたたえる祭日です。

 
 キリストの聖心への信心は キリストの真の弟子として、キリストの呼びかけにこたえ、キリストを知り、愛し、従うことへの献身です。"イエスの聖心"への献身は、初代教会の教父たちの、イエスのわき腹のみ傷への信心にそのはじまりをうかがい知ることができます。このみ傷への信心は、やがて聖心への献身へとみちびかれました。そして御血と水が流れ出たこの聖なる
み傷から、教会と秘跡が生まれました。御血はご聖体を、そして水は洗礼を象徴しました。聖エンブローズが「水は私たちを洗い、御血はわたしたちをあがなう」と言ったように、これまですべての聖人と神秘家たちが、キリストの聖心から多大なるなぐさめと力を得てきました。  現代のイエスの聖心への信心は、17世紀の聖女マルガリタ・マリア・アラコクによって伝えられました。 

 聖マルガリタ・マリア・アラコクは1647年、フランスはブルゴーニュ、ロートクールで生まれました。敬虔なシスター、マルガリタは熱心な祈りと苦行を重ね、神の特別な恵みを受けました。そして、イエスの聖心への奉献と一致による恵みをわたしたちに伝えてくれました。御聖体の前で祈りをささげていたシスターマルガリタは、ある日イエズスの御出現を受けたのです。イエズスは言いました。 「わたしの神聖な聖心は、これほどまでに人々への愛に燃えている。このいつくしみの炎をもはやとどめておくことはできない。この聖心の愛の炎はあなたによって広められ、明らかにされねばならない。人類を高め、清めの恵みと彼らを破滅から引き上げるに必要な救いを。わたしはこの偉大な計画のためにあなたを選んだ。」 こうして彼女は聖心の最愛の弟子となったのです。

聖マルガリタ・マリア・アラコクのイエスの聖心への祈り
"あぁ、聖心よ、わたしの愛の唯一の目的である聖心よ、わたしはあなたを受けます。聖心はわたしの人生の御保護、救いのしるし、わたしの弱さとはかなさの救済、人生のあがない、死を迎えるときのよりどころ・・・あぁ、愛の心よ、あなたの無限の善なるもののうちにわたしはすべての信頼をおきます。わたしの中のあなたに反するすべてを消し去ってください。あなたのけがれなき愛をわたしに深く刻んでください。けっしてあなたを離れ忘れぬように。そしてわたしはあなたにこいねがいます。あなたにつかえるしもべの一人として生きかつ死ぬわたしの幸せと栄光、そのすべてであるあなたの心に、わたしの名前が刻まれますように。アーメン。"  
イエズスが、聖心の信心をする人のために聖マルガリタ・マリアにされた12の約束
1.私は彼らの生活状態のために必要なすべての恵みを与える
2.私は彼らの家庭の中に平和を確立する
3.私はすべての困難において彼らを慰める
4.彼らは生涯の間、そして特に死の時に私の聖心のうちに確実な避難所を見出す
5.彼らのすべての企ての上に豊かな祝福を注ぐ
6.罪人は私の聖心のうちに無限の憐れみの源を見出す
7.生ぬるい霊魂は熱心になる
8.熱心な霊魂は速やかに大きな完成に達する
9.私は聖心の御像や御絵を掲げ尊敬する家庭を祝福する
10.私は司祭たちに最も頑なな心を感動させる力を与える
11.この信心を広める人々は消されることなく私の聖心の中にその名前が書かれる
12.私の聖心のまったく強力な愛は九ヶ月の間続けて初金曜日に聖体拝領をするすべての人々に死のときの最後の痛悔の恵みを与える。彼らは私に嫌われて死んだり、秘蹟を受けることなく死んだりしない。私の聖心は彼らの最期において確実な避難所となる。キリストに示された神の愛がわたしたちすべてのうちに宿り、神と隣人への愛が豊かに注がれますように。

そして、マリア・アラコック修道女の指導司祭がクロード・ラ・コロンビエールというイエズス会員であったこともあり、この信心を広める使命がイエズス会に与えられることになりました。聖心女子大学を経営していることで有名な聖心会という修道会がありますが、あの修道会の名前も「イエスの聖心の信心」に由来しています。特に12番目の約束は有名で、今でも初金曜日のミサという形で残っています。多くの教会でも、毎月最初の金曜日に特別なミサをしていますが、それは「イエスの聖心の信心」に由来するものです。
6月はイエスのみ心の月
 イエスのみ心は全人類に対する神の愛の象徴としてイエスの心臓を表し、その信心はイエスのみ心に表される神の愛を思い起こし、その無限の愛のしるしであるみ心をたたえるものとして中世に始りました。特に聖マルガリタ・マリア・アラコック(1647-90)がみ心の信心についての啓示を受けて17世紀にフランスで広まりました。1675年6月16日、この聖女はご聖体を前にして、イエスの愛にこたえたいという思いに駆られました。そのときイエスは、愛情に燃えているみ心を示して、人々の間に欠けている冷淡な心を嘆かれ、イエス自身の愛に倣ってその心を尊ぶことを勧められました。
またこのようなイエスの出現が数回にも及び、ご聖体の祝日(キリストの聖体)後の金曜日をみ心を礼拝する特別な祝日として定めるようにとのお告げにより、み心の信心の内容と形式が明確にされるようになりました。
そして1856年に教皇ピオ9世によってイエスのみ心の祭日がご聖体の祝日後の金曜日に全世界で祝うことが定められました。ご聖体とみ心の主日がおおよそ6月に祝われるというこのような歴史からして、次第に6月が「イエスのみ心の月」と自然に浸透し、制定されてきたことは十分に考えられます。

み心の信心

  教皇ベネディクト十六世は、イエズス会のコルヴェンバッハ総長宛に、み心の信心を勧めたピオ十二世回勅『ハウリエティス・アクアス』(1956年5月15日)発布50周年を記念する書簡(2006年5月15日付。発表は5月23日)を送り、こう述べています。

「槍で刺し貫かれたイエスの脇腹(ヨハネ19・34参照)を礼拝しながら観想することにより、わたしたちは、人びとを救おうとする神のみ旨を感じることができるようになります。・・・・『槍で刺し貫かれた脇腹』の内に神の限りない救いのみ旨が輝いています。ですから、この脇腹を仰ぎ見ること(み心の信心)を、過去の礼拝ないし信心の形と考えてはなりません。刺し貫かれた心という象徴に歴史的な信心の表現を見いだした神の愛の礼拝は、神との生きた関係にとって不可欠なものであり続けます」。

 み心の信心は、教会において基礎となるものであり、キリスト教の中心といえるものでありますから、イエスのみ心の限りない愛に対して、できる限りの愛をもってこたえるというみ心の信心の目的をしっかりともちながら特にこの月を過ごしていきたいものです。
一体なぜ心臓に象徴されるイエスの心を特別扱いして崇敬するのでしょうか。あの血を流したイエスの心臓の像や絵は、どうも日本人にはなじみにくいような気もします。

 この信心も、自己表現についての考察から理解することができます。まず、人間の体は魂の表現だという前提から出発します。体に現れた表現を見て、わたしたちは魂がどのようなものなのかを知るからです。しかし、体のすべての部分が同じように魂を表しているとは考えられません。足よりは手が、手よりは顔が、よりその人の魂を表すでしょう。そのように考えたときに、人間の魂をもっともよく表すのは、その人の心だと考えられます。17世紀のヨーロッパ人たちは、心が心臓に宿ると考えていましたので、心臓に象徴される人間の心こそ、その人の魂を最もよく表すものだと考えました。

 そうだとすれば、イエスの魂、神の愛そのものであるイエスの魂を最もよく表すイエスの体の部分は、イエスの心の座としての心臓だということになります。イエスの心臓、すなわちイエスの心に触れることで、人間は神の愛に触れることができるのです。もしイエスに心がなければ、わたしたちは神の愛に触れることができなかったはずです。イエスの心があったからこそ、わたしたちは神の愛に触れ、神が「愛の神」であると知ることができたのです。この大きな恵みへの感謝を示しているのが「イエスの聖心の信心」だと考えれば、わたしたち日本人にもなじみが湧くのではないでしょうか。今度もしどこかで心臓が描かれたイエスの絵や彫刻を見たら、このことを思い出しながら祈ってみてください。
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アイ・ラブ・ニューヨーク(I ♥ NY、I Love New York)は世界的に有名な判じ絵ロゴマークである。
1977年にニューヨーク市のグラフィックデザイナー、ミルトン・グレイザ- (Milton Glaser) によって制作された。ハートのシンボル「♥」で"Love"を表現している。 このロゴがプリントされたグッズ(Tシャツやマグカップ、キャップなど)はニューヨークみやげの定番。マンハッタンにある商店では買物の際のレジ袋にもこのロゴ(の模造品)が描かれていることがある。ニューヨーク州観光局の登録商標であるが、パロディとして多数の模造デザインが生まれた。
イエスのみ心も、それと似たような宣言、「アイ・ラブ・人間」!と。


聖母のみ心   (イエスのみ心の祭日の翌日)
ルカによる福音書 2章41~51節
「両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった」


“聖母のみ心”の記念日は、1944年にピオ12世教皇によって定められました。神に自らの心を開いてささげた聖母マリアは、すべてのキリスト者の模範です。マリアの心が聖霊のふさわしい住まいとされたように、わたしたちの心も聖霊の神殿となることを祈る日です。
教会は、「神の最も聖なる母マリア」を特別な心で崇敬しています。教皇パウロ6世は、聖マリアへの信心についての使徒的勧告を出されたとき、「私は聖なるおとめマリアへの信心が盛んになっていくことを願ってやみません」と序文に記しています。
教会カレンダーには、マリアを祝い、記念し、祈る日が数々ありますが、それらはすべて、キリストの救いの業をたたえるために、最適の日が選ばれています。キリストの神秘を祝い、祈る典礼暦年の循環に併せて、キリストの母マリアを記念できるようになっています。
イエスは「どうしてわたしを捜したのですか……」と答えます。
大天使ガブリエルからイエスがだれであるかを告げられていたマリアですが、イエスのこの言葉が理解できなかったと福音書は記しています。そして、「母はこれらのことをすべて心に納めていた」と。
時が来るまで、マリアはこの出来事を心に抱き続けるのです。こうすることがイエスを知ることにつながるからです。
 このマリアの心は、いつの時代も私たちキリスト者の模範です。こうしてさまざまなイエスとの出来事、体験をとおして、マリアはイエスの理解を深めていくのです。母の心は十字架のもとにまで立たせるのです。イエスと生涯を共にされたマリアの心はどのようであったでしょうか。
今日は、マリアの思いと心を観想しながら、過ごす一日でありたいものです。



 
6月11日  聖バルナバ使徒
「平和を祈りなさい」
マタイ10・7-13

バルナバ(慰めの子)はキプロス島で生まれたが、エルサレム教会の初期のキリスト教徒であった。また、バルナバはパウロをエルサレムの教会に紹介し、パウロと異邦人宣教の第一歩を踏み出した使徒ですが、マルコのことをめぐって、パウロと仲たがいをしています。平和をもたらすべき使徒たちが意見の違いで喧嘩したことを、初代教会の宣教の歴史は隠さずに述べています。
「平和を祈りなさい」と平和が強調されているのは、ローマ軍によるエルサレム全滅を体験したユダヤ人キリスト者にとって容易なことではなかったからでしょう。人間的な感情、反感を超えて、キリストの平和をもたらすところに、キリストの非暴力、敵への愛の教えが響いています。
使徒伝(4・36)によると、キプロス島に生まれた彼は、レビ族の人で、使徒から「慰めの子」という意味の、バルナバという名で呼ばれた。彼も自分の土地を売って、代金を使徒たちのもとにもってきたと記録されています。
ステファノ事件のあとの迫害で、エルサレムを追放された(ギリシャ語を話す)ヘレニストたちは、それぞれの都市に散らされます。
シリヤのアンティオキアでも、ギリシャ語を話す異邦人たちに福音が告げ知らされて、異邦人が混在した教会が出来たので、指導のためにエルサレムからバルナバが派遣されます。

また、49年頃に開かれたエルサレムの使徒会議(使徒言行録15章参照)にも参加した。
キプロスに帰って福音宣教に従事し、同地で亡くなったと伝えられている。
教会に大きな問題が生じてきました。異邦人がキリスト教徒になるために先にユダヤ教徒になる必要があるかという議論がありました。特に割礼を受けなければならないかどうかという問題がありました。この問題に応じるために教会史では最初の公会議が行われました。エルサレムでは49年に12人の使徒たちと聖パウロと聖バルナバが集まって結論を出しました。聖パウロと聖バルナバの立場が勝ち、異邦人が割礼を受けなくてもいいということになりました。もちろん、聖パウロの勝利は聖バルナバの調停をする能力のおかげでした。
 
6月24日 洗礼者聖ヨハネの誕生
「その子の名はヨハネ」
ルカ1・57-66、80

 預言者は神の霊にみたされて、神の計画、御旨を告げます。旧約時代の最大の預言はメシアの到来についてのものでした。洗礼者ヨハネはメシアであるイエスを指し示したために、最大の預言者、旧約最後の預言者と言われます。メシアの到来によって、その預言者としての役割は終わります。メシアの到来によって、すべてのキリスト者が聖霊を受け、預言の賜物(カリスマ)によって、神のことば、神の計画を理解することができます。
 洗礼老ヨハネの偉大さは、後に来られるかたを指し示し、光そのものであるイエスを証しし、「かれは栄え、わたしは衰えなければならない」(ョハネ3・30)ということを自覚していた点です。この意味でヨハネはすべての宣教師の模範となります。宣教を志す者は、自分の栄えを求めていたら挫折するでしょう。自分が衰えてでも、キリストの栄光を示していれば、その使命を全うすることになります。
 預言の賜物は教会の宣教において、司祭、信徒を問わず与えられており、未知なること、すなわち人間の常識を超える神の愛について、ことばによって、無言のうちになされる愛のわざによって告げられていきます。宣教は預言の賜物の目に見えるしるしなのです。(荒)
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慣習に従って誰もがこの子にザカリアと名付けようとした時、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言ったエリサベトを見つめるなら、そこには神への信頼が貫かれていることが感じられます。イエスに従うことは世俗の大きな流れに逆らって天の父の声を最優先にして
生きることでしょう。今までの慣習に流されることなく、ひたすら神の呼びかけに耳を澄ませ、従っていく勇気を主よ、お与えください。(sese)
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◇とても有名な仏教のお坊さんがこんな話をしたそうです。「自分にどうしても受け入れられないことがある。それは自分の弟子さんが、自分より有名になって、尊敬されていくことだ」と。実際人間は自分の後継者には自分より劣る人を選びがちだそうです。そうすれば前の人はよかったといつまでも言われる。こうしてだんだん後継者は小粒になっていく。これが企業にしろ国家にしろだんだん時を経るにつれ、衰えている原因と言われています。
 律法学者やファリサイ派たちも、自分たちのプライドにこだわり、イエス様の名声が上がり、皆がイエスにつき従っていったら、自分たちの権威がなくなると思い、徹底的にイエス様を陥れ、攻撃することになったのでした。
 洗礼者ヨハネは違いました。「自分がイエス様に洗礼を授けたんだ」と自慢することもありませんでした。ヨハネの偉いところは、このような謙虚さにこそあるのです。
◇このヨハネ。最期にはヘロデに殺されることになります。ヘロデ自身「正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた」(マコ6:20)のでしたが、宴会の客に約束した手前、引くに引けなくなってしまいました。
 殉教と言うには、殺されたきっかけはつまらないことでした。イエス様のことを証したというよりは、じょうずに踊った娘サロメへのほうびに、首がほしいと言われて、殺された。ただそれだけのことです。有名で、正しく、誰からも尊敬されていた人が、ただの踊りのご褒美として殺された。残念な、しかし謙そんに生きた洗礼者ヨハネらしい死に方だとも言えます。
 正しい人が、だからこそ、無意味なことで、生け贄のように死んでいく。その理由は神様しか分かりません。しかし確かにあることです。死によって、私たちは命のありがたさを知ることができます。その死は、本当に悲しく、尊ばれるからこそ、神様によってとてもあたたかく迎え入れられるものなのです。 池田小学校(2001年)でたくさんの小学生、幼い命が奪われました。死にたいものが、生きたいものを殺したからこそ、命のありがたさは際立ちます。正しいもの、罪のないものが理由なく死んでいくからこそ、不正なものはむなしくなり、愛すること、命の大切さが輝きます。
◇そしてイエス様も、洗礼者ヨハネ以上に、謙そんに生き、死にました。神の子なのに、人間から生まれ、人間にすぎないヨハネから洗礼を受け、人間の裁きに従って死にました。だからこそ神様から喜ばれて、死を打ち破り、天国への扉を開くことができました。
 洗礼者ヨハネ、そしてイエス様。共に謙そんに生き、死んでいった先触れです。多くの聖人も歩んだ道です。私たちは、それら聖人が一番証したかったこと。「永遠の命があること。それに比べれば、この世の名誉も、反対にこの世の苦しみも一時的なものでしかないこと。その神様により約束された復活の希望」を強く宣べ伝えなければなりません。


6月29日 使徒聖ペトロ 使徒聖パウロ 祭日


教会の歴史、救いの歴史の中で特別な位置を占めているこの両使徒が教会で共に祝われていたという記録は、3世紀半ばにさかのぼります。
早い時代からペトロ、パウロは一緒に描かれてきました。古い教会堂では必ずと言っていいほど両使徒が同じ絵に、あるいは同じ場に共に掲げられています。ペトロは十字架、杖、鍵、パウロは剣、書物と巻物など彼らがもっているものは、二人の生涯を象徴しているシンボルです。
教会の信仰の礎となったペトロ、世界に福音を宣べ伝えたパウロを、世紀の流れをとおして教会は両使徒を身近な人として祝ってきました。この二人はお互いにまったく違っていますが、なんとよく補い合っているのでしょうか。教会の歴史においてこの点でも学ぶことが多いと思います。実に教会は両使徒の土台の上に築かれ、使徒伝承の教会であることを願います。
彼らの生き方、生涯をとおしてキリスト、真理にいのちをささげた二人に祈りながら、今の教会を託して祈ってはいかがですか。両使徒は、私たち一人ひとりに何を呼びかけているでしょうか。
第2朗読は、使命を生き抜いた使徒の心が伝わってきます。パウロの手紙を読み直しながら、彼を動かした霊に動かされるようでありたいと思います。
私たちは人生の最後にどういう言葉がほとばしり出るのでしょうか。今日は一日使徒と共に祈りたいと思います。
「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」、多くの日本人は外国の神様、西洋の……というかもしれません。そして、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」という問いに今日のあなたはなんと答えますか。ペトロと共に答える者でありたいとは思われませんか。(Laudate)
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イエスのことを「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰を表したペトロ。それを表したのは人間ではなく「わたしの天の父なのだ」とイエスは言われます。真実を見抜く恵み、信仰を率直に力強く表す恵みは天の御父からのもの。現代を生きる私達にも御父は聖霊を常に注ぎこの恵みを与えてくださっています。しかし信仰を表しその道を歩もうとする時、他からの迫害、孤立、又自分の内にある罪との対立に苦しむことがあります。
主よ私を強めてください。ペトロのように力強く信仰の道を歩み、 私の内にあなたの教会を築くことができますように。



2006年6月30日 パウロ家族の保護者使徒聖パウロの祭日(パウロ家族固有)
(女子パウロ会園田修道院チャペル)

マタイ10:

【使徒聖パウロ】
 聖パウロは、福者アルベリオーネ神父にとって「イエス・キリストの全体を捉え、イエス・キリストの全体を生きた」偉大なる模範でした。またアルベリオーネは聖パウロのうちに、あらゆるものを駆使してキリストを与え続ける、使徒の姿を見いだしました。彼は、パウロのように深くキリストを生き、キリストを与える、しかも時代に即した手段をもってその使命を遂行することこそ、パウロ家族の模範だと確信したのでした。アルベリオーネは、時代がつぎつぎと生み出す「最も迅速で時代に即した手段」が、世界に福音を告げるための有効な手段となることを確信しました。彼は印刷機、マイク、スクリーン、テレビを、パウロ家族の「説教壇」と呼び、印刷工場、制作室を「聖堂」と表現し、現代的諸手段を使徒的使命の遂行のために積極的に活用したのでした。アルベリオーネは、「現代の人々により効果的な手段を用いて、イエスの全体を与える」精神性を、聖パウロから学んだのでした。そのためには、アルベリオーネは、すべてにおいてイエス・キリストを生き、世界に与え続けた聖パウロこそ、パウロ家族の模範であると確信したのです。

「聖パウロの精神を味わおうとする人は、聖パウロのイエス・キリストの御心との親密な一致を、熱烈な愛を目指さなければなりません。こうしてのみ、使徒の教えの崇高さを汲み取り、深さを図ることができるようになります。」 (アルベリオーネ)

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7月1日 福者ペトロ岐部司祭と187殉教者の記念日

日本のカトリック教会は、殉教者の血から生まれ、殉教者の血のうえに立てられたといっても過言ではありません。殉教者のこころや生き方に対する深い共感なしに、日本の教会のアイデンティティを理解することは困難でありましょう。
殉教者というと、ともすれば、英雄的な信仰と徳に加え、強靭な精神力によって栄冠を勝ち得た勝利者として描かれることが多くありました。このような勝利主義的、英雄的な殉教者の紹介は、現代の日本に生きる人びとの共感を得にくくなっていることは事実かもしれません。またキリシタン殉教の時代、われわれの日常とは、大きくかけ離れており、大昔に起こった出来事に過ぎないのでしょうか。現代に生きる日本の教会にとって、殉教の精神は、すでに意味を失ったのでしょうか。
今回、列福審査の対象となっている殉教者の大部分は信徒であり、キリシタン時代に禁教令や迫害がなかったら、おそらく、ごく普通の庶民として平和な生涯を送り、歴史の中に埋没していった人びとでしょう。彼らは英雄や勝利者として行動したのではありません。ただ神との間に、きわめて密接な関係を築くことができた人びとです。だから自分たちの時代背景の中で、殉教という実を結んだのです。「殉教」に通じる神との密接な関係を深めることは、時代を超えて教会に求められる基本的な生き方であります。
「ペトロ岐部と187殉教者」は、それぞれ、現代に通じるメッセージをもっていますが、その根底に流れる共通点は、神と一致した生き方を貫いたこと。言い換えれば、神の価値観を公言し、福音的でない価値観を、勇気をもって拒否したことではないでしょうか。
現代人にとって福音のメッセージは、一見すると不合理で弱々しく、説得力に欠けるように感じられるかもしれません。それどころか、社会からは受け入れられず、反発を生むかもしれない、それでもなお、勇気をもってイエスの価値観に生き、それを証していくことこそ、いま私たちに求められる霊性ではないでしょうか。

「ペトロ岐部と187殉教者」の列福調査は、ヨハネ・パウロニ世教皇来日直後、1981年に開かれた日本カトリック司教協議会総会の決定によって正式に開始されました。それから四半世紀を経た今年の5月、教皇庁列聖省の神学審査委員会は、188殉教者の列福を了承し、あとは、同省の枢機卿会議の承認と教皇の裁可を待つのみとなりました。
そこで、これらの殉教者を思い起こすことが、決して時代遅れの英雄崇拝でないことを知っていただくために、簡単なプロフィールを、このウエブサイトに掲載することにしました。
188殉教者については、すでに研究者によってたくさんの書籍や論文、記事が発表されているので、さらに詳しく知りたい方々はそれらを参照してください。
私たちの先輩たちが、一日も早く列福されるよう、お祈りくださることを切にお願いする次第です。(カトリック中央協議会 殉教者列福調査特別委員会)
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/kibe_187/mean.htm


7月3日 聖トマ使徒

ヨハネ20・24-29

イエスがラザロのところに行こうとしたとき、弟子たちはユダヤ人を恐れて反対しましたが、トマは死を覚悟して、行こうではないかと仲間を励まします(ヨハネ11・16)。勇気のある人でした。
イエスが父のもとに行くと言い出したとき、トマは、「どこに行くのかわかりません。どうしてその道がわかりましょう」とするどい質問をしました(ヨハネ14・5)。答えは、「私は道、真理、いのちである」でした。真理・知恵(グノーシス)を強調する外典がトマの名を借りて、「トマ福音書」として広まったことからも、トマは合理主義者、知性第一主義だったことが分かります。そのトマが復活の主に出会って信仰者に変わります。知ること、見ることによって信じる段階から、信じることによって見えるようになり、わかるようになる段階へという歩みがうかがえます。それが愛の出会いであり、恵みの世界です。愛の世界では、「わかる」というのは信じることから始まります。(荒)
Intelligo ut credamからcredo ut intelligamへ。
 
7月22日 聖マリア(マグダラ)
「婦人よ、なぜ泣いているのか」
ヨハネ20・1、11-18

 兄ラザロが死んだとき、姉マルタは葬式や食事の準備をてきぱきとします。引込み思案の妹マリアは悲しみのため家の中に座っていて、主イエスが来られたときも立つことができません。しかし「主があなたを呼んでいる」とマルタにそっと言われたとき、マリアはすぐ立ちあがり、イエスのもとに急ぎます(ヨハネ11・29)。
女性がイエスを信じる場合、あなたとわたしという親密で恋愛感情にも似た関係が生まれます。頭で客観的に判断できなくても、心で直観的に本質を把握します。自己中心的でありながら、自分を忘れて(没我的)、献身的につくします。
十字架のもとで遺族の一人として母マリアを自分の母のようにいたわり、おおしく悲しみに耐えます。マリアにとってイエスは「わたしの主」、「わたしのいのち」でした。
女性として信じ、愛し、嘆きに沈むマリアに、イエスは近づき、「マリア」と呼ばれます。男と女の関係ではないかとかんぐる人びとの思惑を越えて、イエスはわたしたち一人ひとりを、それぞれの状況、ありのままの状態においてお呼びになります。(荒)
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ヨハネ福音書でマグダラのマリアが登場するのは、十字架の前が最初です(一九・二五)。そして、この復活の物語で主役として、もっとも重要な役割を果たします。しかし、地上のイエスの働きを伝える本体部分ではいっさい触れられていません。
 復活されたイエスは最初にマグダラのマリアに姿を現されたという伝承は、最初期の信者の間に広く流布していたようで、マルコ福音書も(後で加えられたと見られる)結びで引用しています(マルコ一六・九~一一)。その伝承によると、マリアは「以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人」であり、その後他の女性たちと一緒に、ガリラヤを巡って神の国を宣べ伝える働きをされるイエスに付き従い、「自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕した」女性です(ルカ八・一~三)。

 「七つの悪霊を追い出していただいた」(マルコ伝16章、ルカ伝8章)という表現は、彼女がひどい身体的・心霊的苦悩からイエスによって救い出されたことを指しているのでしょう。マリアがそのイエスを慕い愛して、イエスに付き従って行動を共にしたことは自然なことです。彼女のイエスに対する献身と奉仕が誰よりも熱く、イエスも彼女を愛して親しくされたことは、イエスの周囲の女性たちが言及されるときはいつも彼女の名が最初にあげられることからもうかがわれます。

 イエスが最後にエルサレムに上られるときには、マリアは一緒にエルサレムに行き、イエスの十字架の現場にいて目撃し、葬られた墓を確認し、安息日が明けたときは一番に墓に駆けつけて弔います。このような姿から、イエスに対するマリアの熱い思いが伝わってきます。

 このマグダラのマリアに復活されたイエスが最初に現れたという伝承は、公式の復活証言には取り入れられず、正統派の教会伝承では影が薄くなります。もっとも古い文書上の復活証言は、パウロの手紙(コリントⅠ一五・一~一一)ですが、すでにそこにはマグダラのマリアの名はありません。これは、ユダヤ教世界では女性に法廷での証人の資格が認められていなかったからだとされています。

 一方、グノーシス主義系の文書には、この伝承を伝え、マグダラのマリアをペトロたちよりもイエスに近い弟子とし、その教えにペトロ以上の権威を認めるものが多くあります。その中には「マリアの福音書」もあります。正統派の教会は、女性が聖職者として教会を指導することを認めず、マグダラのマリアを重視する伝承を退けるようになります。このような傾向の中で、ヨハネ福音書がマグダラのマリアへの復活者イエスの顕現を復活証言の中心に据えたことは、この福音書の位置を考える上で重要な事実です。「マグダラの聖マリアは、復活の喜びを伝える最初の人となる恵みを受けました」(集会祈願)。
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昔からマグダラのマリアは、売春婦であったと言われてきました。べつに根拠があったわけではありませんが、七つの悪霊を持っていたということからには、きっと売春をしていたにちがいないと考えられたからです。
 七つという数は、完全さを表しています。(「七福神」参照)。ですから、完全に悪霊に取りつかれていたか、あるいは本当に七つの悪霊にとらえられていたのでしょうか。つまり神と人間のかかわりを、あらゆる方法で壊そうとする悪の勢力のことです。
 もちろんその中に売春が入っていなかったとは言えませんが、もっと精神的な罪だった可能性もあります。本物の神を差し置いて迷信に走ったとか、偶像崇拝に走ったこと(旧約聖書では、偶像崇拝を姦淫と呼んでいます)とも考えられます。もしかしたら神に向かうべき情熱が七つの迷信、七つの偶像に向けられたのかもしれません。多神教は、それぞれ神が分業していて、商売繁盛は○○の神、縁結びは○○の神、というふうにたくさんの神仏を拝まないと、罰が当たってしまうのです。
 しかしマリアはイエス様に出会い、それを通して天の御父への愛に目覚め、七つの迷信から解放されたのです。売春婦だったというのは、長年のぬれぎぬかもしれないのです。しかしたとえ売春婦であったとしても、七つの悪霊にとりつかれていたマリアが、初代婦人会会長(!?)になれたのは、周りの人々が寛大だった「からでしょう。
 もちろん悪にたけた人が回心した場合、善に向かう力も強いものです。しかし下手すると、人にもそれを要求し、つまり自分の体験をふりかざして、超善人になってしまう危険性もあります。自分の過去に悪におしつぶされることもなく、それをひそかに誇ることもなく、また回心したことを見せびらかして、回心していない人々を裁くこともなく、つねに謙虚に会長の務めを果たすことこそ、マリアの回心の最も美しい実りであり、またもっともむずかしい課題だったのでしょう。


 
7月25日 聖大ヤコブ使徒 (1世紀)
マタイ20:20-28

イエスの12使徒のひとりであるヤコブは、ガリラヤの漁師の家に生まれた。福音史家ヨハネとは兄弟である。彼が、大ヤコブと呼ばれるのは、使徒の中で最初の殉教者であり、イエスのいとこにあたる小ヤコブと区別するためである。彼は、パレスチナの王ヘロデ・アグリッパのキリスト教迫害の際に捕えられ、斬首された(44年、At 12・1-2)。
 ヤコブは、スペインの守護の使徒と呼ばれているが、それは、遺体がスペインに運ばれたからだと伝えられている。数世紀にわたる迫害と民族移動によって不明となっていた墓は、813年に発見された。その場所は「コンポステラ」(星が現われて、聖人の墓の場所を示したという伝説による)と名づけられ、最も重要な巡礼地となリ、現在に至っている。
今日朗読される福音においては、「自分の命を献げる」ことと「仕えること」とは、関連付けられている。人びとに惜しみない心で仕えるすべての行いが、神への献げ物となるということは教えられています。今日この小さな行いをイエスと共に果たしていこう。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラ、ローマ、エルサレムと並んで、キリスト教の三大巡礼地。


7月29日 聖マルタ 

ヨハネ11・19-27

「あなたはこれを信じるか」と、イエスは、マルタにするどい問いをつきつけます。人間の常識では計り知れない神秘、わたしたちを救うために神が計画された隠された奥義を、信じるか、否か、その問いは、マルタだけではなく、私たちすべてに向けられた問いでもあるのです。悲しみと苦悩、不幸とやみがどんなに深くとも、イエスにしっかりと目をそそぎ、十字架につけられて復活するイエスを信じるといいきる者には、生命への道、希望への道がひらかれていくのです。

自然災害やテロ行為、自殺や無差別殺人など、私たちの周りは悲しみで満ちている。
絶望の中でもイエスに対する信頼を失わなかったマルタに倣いたい。「あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」

自分の辛い心情を訴えます。しかし、そのような悲しい心情の中でも、マルタはイエスを神から来られた方であることを信じています。

イエスの愛し方こそ神の愛し方を示すものなのです。神は、その最愛の独り子が苦難を受け、十字架上で死ぬことを望まれた、イエスを愛しておられるからこそ、人びとの救いのために、このようにふるまわれたのですから……。神はいつもこのような愛で人びとを包んで来られました。マルタに限らず、聖人と呼ばれる人たちの生涯がこのことを物語っています。彼らは、神に愛されれば愛されるほど、人びとの救いのために苦しまなければなりませんでした(殉教はその最たるものでしょう)。しかし、彼らは人びとの救いのために苦しまなければならない時、そこにこそ神の愛を感じ取っていったのです。

 神は私たちをも愛してくださっています。問題は、私たちが神からどのように愛されることを望んでいるかということです。ついつい私たちは考えてしまいます。神は私たちを愛してくださっているのだから、私たちから苦しみを取り除いてくださるはずだと。しかし、人びとの救いのために私たちから苦しみがなくならないとすれば、実はそれこそ神が私たちを愛してくださっているしるしなのです。 私たちが、この神の愛の神秘を理解し、自分の思いどおりに行かない時にこそ神の愛を実感することができるよう、マルタの取り次ぎを願うことにしましょう。
 
8月10日(木) 聖ラウレンチオ助祭殉教者
ヨハネ12・24-26

土に捨てられた種のようにラウレンチオは、いのちをすててまでキリストと教会を愛しました。それで蒔かれた麦となって、多くの実りをもたらしました。

学生時代に一番大切と思っていたこと、結婚する前に、就職する前に、昨日まで一番大切だと思っていたことでも、ある日、もっと大切なことを見つければ、それまでの一番大切なことを捨てるのも出来るのではないでしょうか?これまでも毎日、さまざまな選択をしてきました。それはどんな基準で選んできたか、そしてその時に捨てたものは何だったか、本当に一番大切なことを選んできたか。
私の存在の源であり、完成であるイエスを一番大切にすることができますように。
 
8月24日(火) 聖バルトロマイ使徒 
ヨハネによる福音1・45-51

バルトロマイは、イエスの12使徒の1人である。別名、ナタナエルとも呼ばれ、イスラエルのカナに生まれ育った。
 友人フィリポの勧めでイエスと出会ったとき、イエスは「まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」(ヨハネ1.47)とバルトロマイのことを言った。この出会いをきっかけに、彼は弟子としてイエスに従った。バルトロマイはかなり偏見を持っていたよう(「ナザレからよいものが出るか」)ですが、フィリポ(共同体)の紹介で、イエスを知るようになり、イエスによって深く認めてもらった体験をしました。「まことのイスラエル人」とは、真剣に真理を求めるという意味です。「いちじくの木の下」(ミカ4:4、ゼカ3:10参照)にいるのは、まさに「まことのイスラエル人」のことです。

 伝承によると、イエスの復活後、彼はインドとアルメニアで宣教し、アルメニアで殉教した。彼の遺骸は、983年にローマに移され、聖堂に安置された。職人の守護の聖人とされている。肖像画は、皮をはがれて殉教したことから、それを象徴して腕にコートをかけているように描かれている。日本では、キリシタン時代にとても尊敬されていた聖人であり、最初のキリシタン大名大村純忠(おおむら すみただ)が洗礼を受けた際に、バルトロマイ(バルトロメオ)を守護の聖人に選んだといわれる。
日本初のキリシタン大名で長崎港を開港した人物として知られる。領民にもキリスト教信仰を「奨励」した結果、大村領内では最盛期のキリスト信者数は6万人を越え、日本全国の信者の約半数が大村領内にいた時期もあったとされる。純忠の入信についてはポルトガル船のもたらす利益目当てという見方が根強いが、記録によれば彼自身は熱心な信徒で、受洗後は妻以外の女性と関係をもたず、死にいたるまで忠実なキリスト教徒であろうと努力していたことも事実である。

「見なさい。」イエスに目を注ぐ。わたしを深く理解してくれる方に出会った喜びで満たされる。
「見た。」イエスの温かなまなざし。イエスはいつもわたしを見守ってくださると確信を持つ。
「見ることになる。」深い対話への招き。イエスを通して新たな視点で日々の生活を体験するようになる。それは「呼ばれている者の幸せ。」


8月29日   洗礼者聖ヨハネの殉教

マルコ6章17〜29節


 
 ヨハネの殉教は、「人間の罪」というものの複雑な構図(仕組み)について考えさせてくれます。ある人が善いことを望んでいるにもかかわらず、その人を取り巻く様々な状況が彼に罪を犯させるよう追い込んでしまうこともあるのです。ヘロデはヨハネを保護し、その教えに喜んで耳を傾けていました。ヘロディアの娘がヨハネの首を求めたときも、非常に心を痛めました。しかし、ヘロデは一度誓ってしまった上に、並みいる招待客(マルコは「高官や将校、ガリラヤの有力者など」と記しています)の手前、どうすることもできず、結局ヨハネを殺すよう命じざるをえませんでした。ヘロデは、ヨハネを生かそうと望んでいたにもかかわらず、それとは正反対のことを行うことになりました。自分が望んでいなかった罪を犯すことを余儀なくされたのです。

 このようなヘロデの行動を非難するのは簡単なことでしょう。ヘロデはヨハネを救うことができたのにそうしなかった、結局ヘロデはヨハネの命より保身を選んだのだ、と。しかし、問題はそう単純ではありません。少なくともヘロデにとって、それは「やむを得ない」ことだったからです。実は、程度の差こそあれ、私たちの信仰生活の中でもこのようなことはよくあるのです。たとえば日曜日のミサのことを考えてみるとよいでしょう。ミサに行かない信者の中には、本当は行きたいのに、何かやむを得ない理由があって行けないという人がたくさんいます。仕事があるから、大切な人との約束を外せないから、家族のために食事の準備をしなければいけないから、他にも様々な理由があることでしょう。こうした人を非難する人もいます。ミサと仕事のどちらが大切なのか、ミサはすべてに優先されるべきではないのか……。しかし、本人にとっては、やはり「やむを得ない」理由なのです。他にも、このようなケースはたくさんあります。信仰上あまり好ましくないことと思っていても、仕事だから、近所づきあいだからといった理由で、やむを得ず黙認してしまったりするのもよくあることでしょう。自分を取り囲む人びとや社会の思惑が複雑に絡み合い、自分としては決して望んでいないことなのに、それを行なわざるをえない状況に追い込まれてしまう。罪にはこうした側面 もあるということです。

 このような種類の罪は、一人の人の努力だけで乗り越えられるものではありません。望むと望まないとにかかわらず、人間が共同で作り上げてしまう罪の構図が存在するのです。そして、この罪の構図は放っておくと、人を殺すことまで正当化してしまう危険があるのです。洗礼者ヨハネの殉教はその一例ということができるでしょう。

 確かに、この罪の構図は私たちの力ではどうしようもないように見えます。しかし、あきらめる必要はありません。キリストはこのような罪からも私たちを解放してくださったのです。だから、このキリストに信頼して、皆が一つになれば、必ずこの罪の構図をも打ち破ることができるはずなのです。たとえ難しい歩みに思えても、日々の生活の中で罪の構図に流されるのではなく、キリストのうちに一致して何か自分たちにできることを行なうように神は招いておられるのです。

*「罪の構図」”Structura peccati”は、はじめてSollicitudo rei socialis (1987), 36 に現れる表現。



9月 8日 聖マリアの誕生

マタイ1・1-16,18-23

マリアの誕生を祝うとは、救い主の母となる方を誕生させてくださった神をたたえることであると同時に、マリアの誕生のように今も人びとの気づかないところですでに救いのわざを行なっておられる神をたたえることであり、私たちが人間的、外面 的価値判断に頼ってこの救いのわざを見落としてしまうことのないように努めることでもあると言えるでしょう。「身分の低い」(1・48)マリアを救い主の母として選んでくださった神は、きっと今も身分の低い人、注目されていない人、価値のないと思われている人を救いの中心人物として選んでおられるからです。マリアの取り次ぎによって、私たちが神の救いのわざに少しでも敏感になることができるように祈り求めることにしましょう。
(「家庭の友」98年9月号より転載)

9月14日 十字架称賛
ヨハネ3・13-17

9月14日というのは、コンスタンチヌス大帝が335年、キリストが死去されたゴルゴダの丘に十字架聖堂と復活聖堂を建て(現在は聖墳墓教会)、献堂式を行い聖十字架(ゴルゴダの丘から発掘されたキリストの釘付けられた真の十字架)を安置した日である。
「私たちを救うため、偉大な犠牲を献げられたキリストおよびその道具となった十字架に対し、私たちは大きな尊敬を示さなければならない。十字架を礼拝するのは、十字架はキリストを示すからである。私たちは十字架の木材を礼拝するのではなく、十字架を通じて示されるキリストを礼拝するのである」と、ダマスコの聖ヨハネは言った。十字架の称賛は、十字架上の死に至るまでへりくだった主イエスへの称賛にほかならない。
十字架を信仰の中心的シンボルとすることに最初はためらいがあったようです。カタコンベには信仰や救いのしるしとなる壁画が数多く見られますが、十字架のしるしはあまり見いだせないそうです。けれども十字架は、この二千年の歴史の中で、他の何物をもっても代えることのできないキリスト教信仰のしるしとなってきたのです。でもそれはなぜなのでしょう。

その一つの理由は、十字架つまり苦しみと死の問題が、この地上に生きる私たち人間に共通の最大関心事であるからなのだと思います。予期せぬ苦しみ・死に遭遇するとき、人は心の底から、「なぜ」と問います。この「なぜ」は切実であると同時に、決して自分を納得させる答などないことをその人は知っています。それでも人は「なぜ?」と問い続けます。十字架は人間に共通の人生の大問題なのです。この私たちの十字架をキリストはご自分のものとして担われたのです。キリストは、ゲッセマネの園で、十字架の無意味さと不条理にたじろぎ、「この杯をわたしから取りのけてください」(マルコ 14:36)と祈り、ご受難の道行きにおいてあらゆる人々の悪意や弱さ・不純さからくる仕打ちをその身に追い続けられました。そして「なぜわたしをお見捨てになったのですか」(14:34)との切実な叫びをもって息絶えられたのです。第二朗読が「自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました」「死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」と言っている通りです。
http://www.ignatius.gr.jp/fukuin/2003/03-09-14.html

9月15日

「悲しみの聖母」 記念日、
聖母の苦しみ、ルカ2・33-35


人間的な目で見ますと、マリア様はこの言葉のとおり、本当に不幸な人間としてこの世に来て、不幸そのままに帰られた方かもしれません。しかし、彼女が示してくださったことは、彼女はあせったこともなければ、自分が呪われたと思ったこともありませんでした。み旨を伝えられた時、ただ心に留めて黙想する姿だけを見せてくださいました。母親にとって一番辛いことは、自分より先に息子を逝かせることだそうです。その痛みさえ、受け入れなければならなかったマリア様の心を考えてみますと、やはり私たちが感じている痛みは贅沢なものなのだ、という気がします。
今日の福音(ルカ2・33‐35)で、シメオン預言者によって「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。」と預言されています。それは、刺し貫かれるくらいの痛みを感じます、という意味です。そしてイエス様には「この子は、反対を受けるしるしとして定められています。」と預言しています。この預言者から聞かされた話では、マリア様は最後まで、人間的に不幸に生きるしか方法がない、となります。「反対を受けるしるし」とは、どういう意味でしょうか。死ぬ時まで、敵として反対される人生を過ごさなければならない、ということです。そのような息子を見る母の心は、剣で心を刺し貫かれるような痛みをいただくだろう、ということです。

皆様、イエス様が見せてくださった真理はただ一つです。「あなたが本当に救われるためには、あなたに与えられたその痛みを抱きしめて乗り越えなさい。」という言葉です。誰でも嫌なことを抱きしめたくはありません。できるだけ自分にはよいことをしながら、人からは、「よい人だ」と言われたいのが、私たちの一番本能的な傾きかもしれません。しかし、本当にまじめで真実な生き方をした人々の人生は、いつも苦痛との戦いでした。乗り越えようとしても乗り越えられないかもしれないし、そのまま終わるかもしれません。しかし、クリスチャンである私たちにとっては、必ず乗り越えようとする自分との戦いがなければ、今日の福音の意味、そしてマリア様の痛みや悲しみの意味を理解するのが出来なくなると思います。
皆様、いろいろ疲れることもあるのでしょう。しかし、それを恵みだと思ってください。罪がたくさんあるところに恵みがある、という使徒パウロの言葉は、ただ言葉だけのものではありません。痛みを意識しながら、痛みを乗り越えられる希望を持つこと、それがよい方法であることを覚えましょう。

9月21日 聖マタイ使徒・福音記者
マタイ9・9-13

 マタイが自分のことを福音書では「マタイ」と書き記し、マルコとルカはマタイのことを「レビ」と書いている。実はここに、重要なメッセージがある。
 本当は「レビ」というのが本名(ほんみょう)です。レビというのはユダヤ人によくある名前です。そして「マタイ」というのは、レビの外国で通じる名前なのです。なぜレビがマタイという外国の名前を持っていたかというと、レビ(つまりマタイ)が、徴税人だったからです。徴税人は、ローマ帝国の徴税請負人です。だから外国名を持っていたのです。すると、自分の福音書の中でマタイは「レビ」という、自分のユダヤ人としての名前を使わずに、「マタイ」という取税人としての外国名を使っている。
 そのときのマタイの思いはどういうものであるのかというと、それは、「自分はユダヤ人でありながらユダヤ人を裏切った、守銭奴(しゅせんど)で、罪人である。だから『レビ』というユダヤ名で呼ばれる資格が自分にはない」‥‥ということかもしれない。「自分は、イエスさまの仲間になる資格がない者だ。レビという栄光あるイスラエルの子の名前で呼ばれる資格がない者だ。そんな、ひどい罪人の自分なのに、主イエスは、自分を招いて下さった」‥‥そういうことをマタイは言いたいのです。
 「それにもかかわらず、主イエス様はありのままの私を受け入れて下さった。ありのままの私を、弟子にして下さった。」‥‥そのようなマタイの感謝と驚きの気持ちが、「マタイ」という取税人としての外国名を自分で使っていることに、あらわれていると思うのです。足を洗ってからでないと弟子にしない、というのではないのです。まずありのまま、罪人のままのマタイを招かれる。ありのままでいいのです。まずイエスの後についていくことが先なのです。その驚きが、「マタイ」という言葉に込められています。
‥マルコやルカは多分、「マタイはまぎれもなく、われわれの仲間である」と言いたいのです。

 「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」
 さて、罪人ではない人というのが、この世の中にいるのでしょうか。そんな人は一人もいません。すべての人は神に対して罪を犯しているからです。しかしこのファリサイ派の人々は、「自分たちは罪人ではない。義人である。正しい人である」と思っていました。もちろんファリサイ派の人々も神様の目から見れば罪人です。にもかかわらず、自分たちは罪人ではない、正しい人だ、と思っていた
。だからイエスさまに反発した。イエスさまの招きの声が聞こえないのです。「罪人を招くために来た」という主の言葉が、自分たちに語られた言葉には聞こえなかった。
 「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」この主の言葉を、私たちはどう聞くでしょうか? 自分以外の、誰かに語られた言葉として聞くのでしょうか? それとも、ありのままのマタイを主イエスが招かれた言葉のように、イエスさまが私に語って下さっている言葉として聞くのでしょうか。
 主は私たちにも、同じように呼びかけておられるのです。「わたしに従いなさい。私の後についてきなさい。」「あなたといっしょに行きたいのだ」と。

9月28日
聖トマス西と15人の殉教者


聖トマス西と15人の殉教者は、1633年から1637年に殉教したドミニコ会の司祭、修道者、および彼らとかかわりのあった信徒たちです。9名の日本人のほかには、スペイン人、イタリア人、フランス人、フィリピン人がいます。殉教した経緯や年代、場所もさまざまです。

ドミニコ会が、アジア宣教に力を入れ始めたのは、16世紀の終わりごろからです。1587年に、フィリピンにロザリオ管区を設立し、マニラを拠点として宣教を始めます。ドミニコ会による日本での宣教は、1602年、鹿児島から始まりました。数年後には、九州各地に広まり、京都や大阪にも修道院が建てられました。しかし、ちょうどこのころ、各地でキリスト教に対する迫害がひどくなっていきます。

宣教師の渡航は、1614年に追放令が出された後も、しばらくはマニラとの交易船を利用して行われていましたが、日本国内で大規模な殉教が行われ、1623年にはマニラとの交易が禁止されるに及んで、困難を極めるようになります。貿易再開を望んだマニラ当局も、宣教師の日本渡航を厳しく禁じました。しかし、現実的には入国が不可能と思える状況の中にあっても、日本の教会の窮状を前にした、ドミニコ会は(ほかの修道会もそうでしたが)さまざまな方法を用いて、しかも優秀な宣教師を送る努力を続けたのです。多くの場合、このような人たちは日本に行き着くことができなかったり、たとえ日本に到着しても、上陸できなかったり、その場で捕らえられ、殺されたりしました。それでも、彼らは、日本の教会が表面的に壊滅するまで(実際には、潜伏キリシタンが信仰を保ち続けるのですが)、この努力を続けたのです。

その典型的な例が、16人のうちで最後に殉教したロレンソ・ルイスを含む6名と言えるでしょう。彼らは、アントニオ・ゴンサレス神父を責任者として、自前の船を造り、日本への密航を模索します。結局は、1637年に入国するも、その時点で6名とも捕らえられ、厳しい拷問を受け、棄教と情報提供を迫られます。拷問は、水責め(たらいの水を何倍も飲ませたうえで、腹部に重石を強く乗せて、水と血を目・鼻・耳などから一気に噴き出させるというもの)、指と爪の間に焼き串を差し込む責めなどが行われました。このころは殺すことよりも、情報を密告させることに主眼が置かれていたため、拷問は延々と続けられました。最後には数日間、穴づり(頭を下にして上から紐で穴の中につるす責め)にされたうえで、彼らは神にいのちをささげました。

このような殉教者たちの生涯を見つめるとき、わたしたちには、いくつかの疑問がわくのをおさえることができません。なぜ、神はこのような状況をそのままにしておかれるのか。なぜ、神は信者の側に立って、その全能の力をもって戦ってくださらないのか。日本の信者を助けるために、宣教師たちは苦労して日本に渡航したのに、上陸もできずに捕らえられ、殺されてしまったのでは、当初の目的がまったく果たされていないではないか。彼らの行為は無駄だったのか。……疑問は尽きることがありません。

その意味で、ヨハネ福音書12章24−26節(この日を荘厳に祝うときのために定められた福音個所)は、わたしたちに答えを与えてくれるように思います。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のまま残る。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(24節)。一粒の麦は小さなものです。麦を一粒食べたからといって、人は腹を満たすことはできません。しかし、この種が「死ねば」(つまり、死んで、地中に埋められれば)、あれだけ小さかった粒から、芽が出て成長し、多くの実を結びます。このような自然の神秘を、イエスは人のいのちにも当てはめます。自分のいのちを愛し、自分のためだけにとっておこうとするとき、人はいのちの持つ輝きを生かすことはできません(いのちを「失う」)。しかし、神のため、ほかの人のために自分のいのちを捨てる人は、永遠のいのちを実現するのです。

この比ゆは、まずイエスご自身に当てはめられたものです。イエスは、神のみ心にしたがい、人々のために、十字架上でみずからのいのちを捨てます。それは、これ以上は考えられないような屈辱、苦難をもたらします。敵対者が勝利したように思われます。これまでのイエスの宣教活動が無駄に終わったように感じられます。しかし、神にとっては、それは永遠の勝利であり、真の救いでした。これを信じる者にとっては、神のため、人のためにいのちをささげる「十字架」の生き方こそ、神の力であり、永遠の実りをもたらすものなのです。

あの17世紀の日本で、この神秘を受け入れ、信じていたのは、実際に殉教者たちだけではありません。彼らのまわりには、多くの信徒たちがいて、彼らを助け、支えていました。そもそも16人の殉教者たちの記録が残っているという事実が、迫害下の危険を冒してまでも、このことを報告した人たち(あるいは、彼ら自身の手紙を持っていった人たち)がいたことを示しています。キリスト者は、「殉教」の神秘、「十字架」の神秘にかけがえのない価値を見いだし、それぞれの場で、これを受け入れ、生きていったのです。

わたしたちは、現代の社会の中で、ともすると「実利的」な価値判断に影響されているのかもしれません。目に見える形での実りを成功と考え、そうでないときに失敗と考えてしまう価値観です。このような価値観の中では、十字架や殉教、それに基づく生き方は意味がないように感じられます。殉教者の模範、それは、わたしたちが表面的な成功を求めるのでなく、たとえ実りがないように見えても、神のため、他人のために自分をささげて生きることこそ、救いであると信じ、そのように証しするよう招いているのだと思います。

9月29日 聖ミカエル 聖ガブリエル 聖ラファエル大天使

ヨハネ1・47-51

"Chi vuol guardare bene la terra deve tenersi alla distanza necessaria" (Italo Calvino)
「天が開け、神の御使いたちが人の子の上に昇り降りする」というのは、明らかに創世記二八章(一〇節以下)のヤコブの夢の物語を下敷きにしています。ヤコブは夢で、「先端が天にまで達する階段(または梯子)が地に向かって伸びており、神の御使いがそれを上り下りしている」のを見たとされています。ヨハネ福音書は、「人の子」であるイエスこそ、天と地をつなぐ階段であり、神と人との結びつきそのものであると告知しているのです。
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ナザレから良いものがでるだろうか、と疑ったナタナエルが、イエスにすべてを見抜かれ、「ラビ、あなたは神の子です。イスラエルの王です。」と告白します。イエスは天と地を結び、支配する
「人の子」であることを私たちに告げます。人間的思いを超える神に触れていただき、信じる恵みを願います。sese

seijin (october-december)

10月 2日 守護の天使

今日は「守護の天使」の記念日です。
聖書の中で、神は人間を一人で放っておかれません。モーセの時代には「わたしは使いを遣わして、あなたを守り、導く」(出エジプト記23・20)と約束されました。そしてイエスご自身も、「あなたがたの小さな者の天使たちは、いつも天においてわたしの父の御顔を仰いでいる」(マタイ18・10)と言われました。

つまり、わたしたち一人ひとりに神の使いである天使がそばにいて、守ってくれている、ということです。

しかし「守る」とは、ただ事故から助けるとか、病気にかからないようにする、というだけではありません。天使の最大の役目は、わたしたちを神に近づけ、神の道に歩ませることです。だから、わたしたちが悪い誘惑に引き寄せられそうになると、心の中でそっと「違う道を選びなさい」と促してくれるのです。

子どものころは、両親や先生が導いてくれます。けれど大人になると、誰も見ていない場所で自分一人で決めなければならないことが増えます。そのとき、守護の天使は「心の声」として響きます。良心が静かに告げる正しいこと、それは天使が神のことばを伝えてくれているとも言えるでしょう。

ですから、守護の天使への信頼は「神が常にわたしと共におられる」という信仰を深める助けになります。そして、天使に祈ることを通して、自分だけでなく他の人も神の守りにゆだねることができます。

今日の記念日にあたり、祈りましょう。
「わたしを守る守護の天使よ、いつも神に向かう道を示してください。困難の中で神に信頼する心を与えてください。そして私の周りの人々も、神の愛のうちに歩めるように助けてください。」


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マタイ18・1-5,10

子どものようにならなければ天の国に入ることはできないとイエスは言われます。子どもの1つの特徴は、信頼してありのままの自分を差し出すことでしょう。遊んでいるときの子どもたちは、自分の本当の心を隠したり、仲間との間にややこしい見えない壁を作ったりすることはありません。大人はどうでしょうか。いつのまにか自分自身にも本心を偽ったり、人の評価を気にして、自分のまわりに壁をつくっていないでしょうか。日常生活の中で周りの一人に対してとっている態度は、そのまま神に対する態度にもつながっていきます。
子どものような正直で、開かれた心で神の前に立つことができますように。sese
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各人が自分の守護の天使をもっていると思う理由はマタイ18:10にあるキリストの言葉から、「あなたたちは、これらの小さな子ども1人も軽んじないように気をつけなさい。あなたたちに言っておく。彼らの天使たちは、天において天におられる私の父のみ前にいつも立っているからである」。守護の天使は神の国の大使であり、神のメッセージを伝え、神の祝福を取り次いでくださるものである。


人を軽んじない人間関係を教えています。そのためにまずその人と神との関係を考えるように教えています。人に接するときにその人は神から愛されている、その人には神の計画があると考えるべきというわけです。このように人と接するとこちらの態度はかわるでしょう。もっといやなことは我慢できる、もっと愛することができるでしょう。
福者ペトロ・ファブル(イエズス会の最初の5人の一人)はヨーロッパの国々を巡って、野原を歩く時、町や村に入る時、いつも今から会わなければならない人の天使たちと話をしていたといわれます。彼は異端者、権力者など、かなり恐い人々と付き合わなければならなかったが、こうやっていつも軽い気持ち接することができた。天使たちと対話することで彼の顔は輝いていた。私たちもその模範にならってみたいと思います。
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Angeli Custodi
«Restare bambini»


Qualche giorno fa, abbiamo già parlato degli angeli, ricordando quelli più importanti tra loro (i tre arcangeli Michele, Gabriele, e Raffaele), ma è bene oggi ritornare, con gratitudine, all'immensa schiera di quegli angeli cui Dio affida la custodia di tutte le creature umane: un angelo per ogni bambino che viene al mondo. L'iconografia tradizionale ci ha abituato a pensare soprattutto ai pericoli fisici che i bambini corrono a causa della loro naturale ingenuità e sventatezza (perciò l'angelo è raffigurato accanto al bimbo che cammina sul ciglio di una strada scoscesa, o su un ponticello traballante), ma Gesù pensava piuttosto ai pericoli che essi corrono a causa dello scandalo che possono ricevere da adulti cattivi o poco protettivi. E li ammoniva severamente ricordando che i bimbi hanno «i loro angeli che vedono sempre il volto del Padre che sta nei Cieli» (Mt 18,10). Tra l'altro è interessante ricordare che anche la parabola della pecorella smarrita, di cui Gesù va in cerca, (tradizionalmente attribuita ai «peccatori») appartiene allo stesso contesto e riguarda direttamente i bambini. Si conclude, infatti, con le parole: «Così è volontà del Padre vostro che neanche uno solo di questi piccoli si perda!» (Mt 18,14). Insomma, anche l'uomo peccatore è come un fanciullo invecchiato e smarrito che si può convertire se torna bambino e ricorda d'avere accanto un angelo che lo protegge e chiede di essere ascoltato. Per questo la più caratteristica preghiera dei piccoli è anche quella che nessun adulto dovrebbe mai dimenticare: «Angelo di Dio, che sei il mio custode, illumina, custodisci, reggi e governa me che ti fui affidato dalla pietà celeste. Così sia».

Letture. «Il mio angelo camminerà davanti a te» (Es 23,20-23a); «Darà ordine ai suoi angeli di custodirti» (Sal 90/91); «I loro angeli nei cieli vedono sempre la faccia del Padre mio» (Mt 18,1-5.10).


"Un'anima non è mai senza la scorta degli angeli, questi spiriti illuminati sanno benissimo che l'anima nostra ha più valore che non tutto il mondo"

Bernardo di Chiaravalle (1090–1153)

Ángele Dei,
qui custos es mei,
me, tibi commissum pietáte supérna,
illúmina, custódi,
rege et gubérna.

守護の天使への祈り
「 神の天使よ、私の守護者よ、天のはからいで、あなたに委ねられた私を、今日、照らし、守り、治め、導いてください。アーメン。」
(この祈り文については、1935年10月27日付けで、300日の部分免償が付与されたことがあります。)







10月18日 聖ルカ福音記者

ルカ10・1-9


神の国はこの世の王国や権力と異なり、兄弟たちに仕えることにおいて実現する。この神秘を弟子たちはイエスの死と復活のうちに体験する。そのために弟子たちは宣教に出かけます。派遣される弟子たちに命じられるのは祈りでした。「主が働き手を送ってくださるように祈りなさい」。それは他の人々のための祈りであると同時に、自分自身を用いてくださいと祈る奉献の祈りでもあります。
十二という数字はイスラエルの十二部族や十二使徒を象徴しますが、72は12 X 6で、全人類を象徴し、世界的規模で福音宣教が広まることを示しています。パウロの弟子ルカは、キリスト
教の信仰がエルサレムから全世界へと広まっていく初代教会の担い手であり、彼の祈りのおかげで今私たちがここにいるわけです。私たちも働き手となっていくように祈りたいと思います。(荒)
「途中でだれにも挨拶するな」と命じておられる。一見奇妙なこの命令は、当時のベドウィン的な環境での挨拶の慣行から、たとえばキャラバンに挨拶して一行に加えてもらうよなことを含んでいたことが分かると理解しやすい。この命令は身の安全のために使命の緊急性を忘れるなという意味になる。

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聖人はたくさんいます。ほとんど毎日記念されます。どの時代にもどの国にも聖人はいます。これは、神様の聖性(働き、完全性、美しさ)の豊かさを示しているといわれます。神の聖性は朝露(あさつゆ)のように、庭のすべての木々の上にまんべんなく降りてきます。バラの花の上に赤くなる。葉っぱの上に緑、百合の上に白くなります。
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聖ルカ福音書に独特な記事は幾つかあります。マリアへのお告げ(受胎告知)もその一つ。エリザベトへの訪問もそうです。おそらく、ルカは聖母マリアと特別な関係があったと思われます。クリスマスの一連の出来事を伝えているのはルカだけです。また、「放蕩息子」の物語はルカ独特のもので、神の憐み深さを表しています。「よきサマリア人」もルカにのみあるもので、ルカ福音書は「神の愛の福音書」と呼ばれれます。
さらに、今日の集会祈願にあるように、「貧しい者に対する神の愛」というのもルカ福音書の特徴をとらえています。「キリストを信じる人々が、心と思いを一つにして愛のあかしとな」る、というのは使徒言行録のメッセージから取られています。今日の福音書の72人の選びと派遣もルカだけ伝えているもので、初代教会の福音宣教の一旦を示しています。





10月28日

聖シモン 聖ユダ使徒



「その中から12人を選んで使徒と名付けられた」静かな山で夜中神に祈った後、イエスは弟子たちを呼び集め、その中から特に12人を慎重に選ばれました。その後、山から下って大勢の弟子とおびただしい民衆の中に12人を連れ出しました。そこでイエスは福音を宣べ、汚れた霊を追い出し、すべての人の病気を癒されたのです。イエスは12人に神の業を悟らせ、使徒としての使命を味合わせたかったのでしょう。
主よ、イエスの招きを受け、選びに応えた私たちが、日々イエスと共にイエスによって遣わされることの意味を理解して生きることかできますように。sese06
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シモンは、イエス・キリストの12人の弟子であり、シモン・ペトロと区別するために、熱心党というグループに属していたことから「熱心党のシモン」と呼ばれている。彼は、カナン人であり、使徒のなかでも特に信仰が深く、モーセの律法を厳格に守っていた。

ユダは、イエスを裏切ったイスカリオテのユダと区別するために「タデオと呼ばれるユダ」といわれる。彼は、新約聖書によると小ヤコブの兄弟であると記され、キリストの親類とされている。彼はキリストの昇天後、ユダヤ、シリア、小アジアなどで宣教したといわれ、64年ごろに小アジアの諸教会に書簡『ユダの手紙』を書き、信者たちが誤った教えに陥らないように警告し、祈り、神の愛にとどまるよう教えている(参照 ユダの手紙4.8)。

のちの伝承によれば、シモンとユダはペルシャで宣教し、そこで殉教したといわれている。

12人の使徒達は色々な違いを持った人々でしたね。育った環 境もそれぞれに違っていましたし、特に優れた人が一人もいなかった事が共通点で、皆、平凡な人達 でした。その12人をイエス様が選ばれたのは、やはり福音は色々な“多様性" を、違いを抱きしめ ながらその中で“調和" させなければならないことを意味していると思います。私達の共同体も同じ ことではないでしょうか。気が合わなかったりする人々がいると思いますよ。私に対しても全然気の 合わないタイプの神父だと言う人もいると思います。でもこれはしょうがないことです。しかし、こ の色々な違いをそのまま認めて、その中で“調和" を求めて行くことがなによりも必要な私達の態度 ではないでしょうか。そのために必要なものは信仰です。“多様性"を、違いを、受け止められる唯一 の力は、祈りと共に培っていく成熟された信仰でしょう。それがなかったら私達は、いつもぶつかり ばかりになると思います。 




11月 1日 諸聖人

マタイ5・1-12a




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聖人はたくさんいます。ほとんど毎日記念されます。どの時代にもどの国にも聖人はいます。これは、神様の聖性(働き、完全性、美しさ)の豊かさを示しているといわれます。神の聖性は朝露(あさつゆ)のように、庭のすべての木々の上にまんべんなく降りてきます。バラの花の上に赤くなる。葉っぱの上に緑、百合の上に白くなります。
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【諸聖人の祭日(11月1日)】カトリック教会では、天国(永遠の幸福)に召されていながら、特別な祝祭日や記念日を定めて祝っていないすべての聖人たちを、11月1日にまとめて盛大に祝います。こうして教会は、11月の初めに、天の栄光のうちにある諸聖人たちを思い起こさせ、その取り次ぎを願うことによって、永遠の命への希望のうちに生きるよう、地上で旅を続けている教会の信者たちを励まします。
今日お祝いしている聖人方も、間違いなく、私たちと同じ「人生」「この世」を歩き通しました。そしてすでに幸いを得ています。私たちはというと、まだ人生の途上にあるけれども、イエス様が示された幸いの約束を見つめて生きている者ということになるでしょう。神が幸いをお与えになりますから、約束は確実ですが、私たちにも期待されていることがあると考えるべきです。どういうことでしょうか。
聖人方は、生きておられる間、幸いな者となることを熱望して生涯を全うしました。そこで私たちも、彼らの生き方をほめたたえ、取り次ぎを願って、私たちが、幸いを熱望して生きる次の人になることです。
柔和な人は、幸いです。それなら、私たちが柔和な人になって、イエス様の幸いをいただく生き方に徹しましょう。都合の良いときばかりでなく、神経を逆なでする人を前にしても同じ生き方を貫くとき、私たちは諸聖人のあとを慕う者となることができるのです。
幸いな人になる道を今日耳にした私たちが、続けて諸聖人方のあとを慕う者となることができるように、恵みを願って引き続きミサを捧げて参りましょう。http://hanashi-no-mori.news-site.net/20031101.html
教会は列聖、列福された人はもちろんですが、その数において彼らよりはるかに多くの神に祝福された無名の人々が、涙のうちに蒔いた種で育った「果実」によって大きくなってきたのです。「諸聖人の通功」(生徒の交わり)というのは、そういったことではないのでしょうか。大聖人も小聖人も、凡人も罪人も、みんながキリストにおける父なる神の子として、ひとつの愛に結ばれている聖なる事実を指す言葉と思います。


11月 2日 死者の日

ヨハネ6・37-40
 
 
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聖者と死者のコラボレーション

「諸聖人の日」の翌日が「死者の日」。このことを不思議に感じたことはないでしょうか。「聖なるもの」と「死するもの」が自然に結びつくことなど通常ではありえないことです。そのコラボレーションを可能にするところがキリスト教「信仰」の妙なのです。
古代ローマ時代、一般的な「死」は恐れの対象であり、墓場は絶望に満ちた場所でした。ゆえに古代ローマ人は生活空間である城壁の中に墳墓を決してつくらず、城壁の外で葬りの場を設け、死と日常を切り離していました。
そんな通念をキリストの死と復活の福音がすっかり変えてしまいました。「永遠の命」の希望をもって生きた人の墓は、その人の追憶の場になると同時に、その人が生前用いた遺物をも「追憶」のしるしへと変化させました。
 特に信仰のゆえに命を賭ました殉教者への特別な思いが、
「死者」を「聖者」へと昇華させました(古代の聖者はほぼ例外なく殉教者)。「聖遺物」はやがて、その人のペルソナの宿るものとして大切にされ、そこから超自然的な力がもたらされると信じたキリスト者たちが、社を設け、その中心の祭壇の上に「聖遺物」を埋め込むようになりました。すなわち、聖堂は、「墓所」であると同時に、「聖者」のエネルギーの満ち満ちた場となったのです。聖者の葬られた場所は、この地上と神の国をむすぶ結節点でもありす。こうして、キリストの信仰をもって亡くなった「死者」は、「神」と人をむすぶ大切な役割を担うことになりました。
日本人にとって墓場は、葬られた方への生前の感謝を表し保護を願う場という意味が大きいようで、つまりは現実志向かもしれません。一方、キリスト教の墓地は、いずれ帰っていくべき「故郷」、大切な人々と再会できる未来への希望を強く感じさせます。この違いは、キリスト者の「信仰」というファクターから説明できます。
亡くなったあの人は、かならず「天国」にいて神の近くにある。だからこそ、その墓所は神の国と結びつく。永遠の命、そして復活の希望という信仰なしにはこの感覚は決して生まれないでしょう。もちろん、私たちの信仰は「死者の蘇生」を期待するものではありません。その復活がどのようなかたちで実現するか誰も知りません。ただ、二千年前、数百人に示された、「キリストの復活」の証言が私たちに、あのキリストと同じように復活すると確信させているのです。「死は終わりではない」イエス・キリストがみずからお示しになったその出来事のうちに、私たちは「死者」を尊び、「聖者」を追慕し、「またお会いしましょう」という希望のうちに、今、この瞬間を生きることができているのです。

(川村信三・イエズス会司祭)
「聖書と典礼」より
 
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死者のためのミサの叙唱のなかに、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たな命への門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」ということがあります。

死は新たな命への門ですが、その門を怖がる人は多い。けれども、皆この門を一度通ったことがあるはずです。子供は「神からの預かりもの」というでしょう。だから、生まれる子供は神の世界からこの世に入った時にこの門をくぐったわけです。子供は生まれてくるとよく泣きますね。安心できる世界から、不安定な世界に入ってくるから。そして、数年たつと慣れてきて、執着心も生まれてきます。だから、この門をくぐりたくない、と。その門の向こうに新たな命がある。この世とは違う命がある。動物の中で、水の中に生きる動物と、大陸に空気を吸う動物があります。そして、「アンフィビアス」といって、両生類、両方の世界に生活できる動物がいます。人間は、アンフィビアスな動物である。時間と空間の中に生きるし、時間と空間を超えた世界、神の世界にも生きるように造られている。実際、そこから来ているし、こちら側に生きている間は、神について知り、神と親しい関係をもてます。
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御父のもとから降ってきたイエスのもとに行き、信じることが、永遠の命を得ることになるとイエスは言われます。しかしイエスと共にいた弟子でさえ、信じ抜くのは難しいことでした。今の私にとってイエスのもとに行くとはどういうことなのでしょうか。実際にイエスに出会った弟子がそうだったように、心の内に不安や恐れ、疑いを感じる時、 理解できない出来事に遭遇する時そこにはイエスがすでにいるのではないでしょうか。またイエスを否定し、心の鍵をしめてしまった時もイエスは私達の心の内に来られているのではないでしょうか。
主よ、私と共にいるイエスを感じとる恵みと、信じる心をお与えください。sese06
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永遠の命を頂けるのは遠い将来の話ではありません。神は復活の命へと、「今」招いて下さっています。今こうして生きている一瞬一瞬が神の御旨の実現ですが、私たちはそのことを受け入れようとせずに、救いを先へとのばそうとします。それではいつまでたっても神様から頂いたこの命を存分に生きることが出来ません。
今ここに来ている「神の国」を見出し、その中に生きる恵みを願います。sese05
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今日は死者の日。地上のあらゆるものは、時とともに過ぎ去り、消えていきますが、それらのものの奥にある永遠のものに思いを向けたいと思います。この信仰の基礎は、「わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない」というイエスの約束です。今日、世を去った人々のために祈り、また、私たちのためにも、御心を行う勇気と光を願います。sese04


11月9日 ラテラン教会の献堂

「御父の家を商売の家としてはならない」

ヨハネ2・13-22


あいさつ:今日は全世界の教会はラテラン教会の献堂の祝日を祝っています。これは、ペトロの座(ローマ教皇)に対する一致と親愛のしるしである。神が全世界の教会を聖霊で満たし、キリストの愛のきずなで一つに結んでくださるよう、今日のミサ聖祭をささげることといたしましょう。
教会のきずなを思い、祈る祝日
「ラテラン教会は、四世紀、コンスタンティヌス大帝によるキリスト教の公認とともに、教会に寄贈された宮殿(元来はローマ貴族ラテラニ家の邸宅(ていたく))に建てられた大聖堂で、ローマ司教区の司教座聖堂とされ、教皇シルヴェステル一世によって324年11月9日に献堂されました。ローマの教会の源としてその一致の中心となった歴史的役割から11世紀以降この日が祝われるようになり、ラテラン教会は、「首都(ローマ)と地球上のすべての教会堂の母であり、頭(かしら)である」 Sacrosancta Lateranensis ecclesia omnium urbis et orbis ecclesiarum mater et caput (同教会碑銘より)として尊敬を集め、16世紀後半にはこの日は全カトリック教会の祝日となっています。ラテラン教会の献堂を祝うことは、さまざまな時代を通して、時には殉教や弾圧の苦難を経てきた神の民の歴史を思い、今各聖堂共同体から教区として共同体、そして全世界の教会へと結ばれるきずなの一致を祈ることを意味します。そのことに、きょう聖書朗読は「神殿」をキーワードとして触れていきます。これを通して、わたしたち(教会)が、キリストにおける神と全人類との一致の秘跡であるといわれる意味も照らされているのです(『教会憲章』1項参照)。」(聖書と典礼)
オリエンス宗教研究所による上記の解説は参考になりますが、一つだけ肝心なことが抜けているような気がします。ここで諸教会の横の繋がりが強調されますが、皆さんもご存知のようにパウロは教会を体に喩えています。人間の体には頭がある、そして頭につながっていない部分は死んでしまいます。半身不随の体になります。それと同様に部分教会(例えば、日本の教会)は頭を通して全体につながっていないならば、枯れてしまいます。皆さん、今日は是非日本の教会が「半身不随」にならないように祈っていただきたい。
 
祈りの家を商売の家にしてはいけない。神殿の境内におこったこの事件は旧約の預言者たちを思い出させるのです。人々は、「なんの権利があるのか、権威のしるしをしめせ」とせまります。「私は三日間で神殿を建て直します。これが答えでした。復活の出来事を体験した弟子たちは、神殿がイエスの体を意味していたことを思い出しました。(荒)イエスこそ神の家、神の恵みと人類の祈りの出会いの場です。神殿には複雑な祭司制度がありましたが、イエスはただひとり祭司、祭壇、そしてイケニエになりました。教会という時に、それは第一にタテモノではなく、キリストの体、今現在生きている人々の共同体で作られた、キリストの体を言うのです。
「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と、ヨハネは、イエスの生涯が、神への思いで燃え尽きていくことを示したかった。神に対する、激しくひたむきな思いが、イエスをかりたてているのです。ごまかしのない、ひたすらな神への情熱が、イエスのこころなのです。あいまいな妥協にとどまれないのです。ごまかしに目をつぶっていることができない。
イエスの「武器」、イエスの力、それは富やお金ではないのです。望めば一瞬のうちに、この世の貧しい人々に快適な生活、安らぎを与える力を持っている神でありながら、自ら貧しさの中に生活するのです。イエスの「武器」と力、それは貧しさの中で燃える神への思いです。神への純粋さを失った
世界に、もう一度偽りのない、ごまかしのない愛の炎をもたらした。イエスの存在そのものが、この地上から天に向かって神を敬い、礼拝する生きた神殿になるのです。(森)
 
11月26日

福者ヤコブ・アルベリオーネ司祭 (パウロ会の創立者)


1900年12月31日から1901年1月1日にかけての夜、当時の教皇であったレオ13世は、徹夜の聖体礼拝で新しい世紀を迎えるようにと、全世界の教会に呼びかけていました。

北イタリアにあるアルバ教区でも、カテドラルでの真夜中の荘厳ミサに続いて、聖体が顕示され、聖体礼拝が行われました。哲学科と神学科の神学生は、自由にカテドラルにとどまって祈りを捧げていました。その中に少年ヤコブ・アルべリオーネの姿もありました。彼は 4時間という長時間を聖体の前で過ごしたのでした。ここでアルべリオーネは忘れることの出来ない夜、特別の夜を体験したのです。彼は、その夜のことを「決定的な夜」と呼んでいます。

パウロ家族の創立者ヤコブ・アルべリオーネ神父は、1884年の4月4日に、貧しい農家の家庭に生まれました。少年アルべリオーネは、司祭になりたいとの志をもって、1896年にトリノ教区(北イタリア)の神学校に入学しましたが、4年後には神学校を退学してしまいました。何がその原因だったのか、詳しいことはわかっていません。アルベリオーネ神父は、ずっと後になってからこのことに触れてこう書き残しています。

「ある種の本が及ぼす悪を私は知っている……私を救ってくださったのは聖母だった」と。

仲間のだれかが教室の机の下から回した何冊かの本が、危機の元になるという影響を彼に及ぼしたのです。あの「決定的な夜」を体験することになるわずか8カ月前に、アルべリオーネは召命の歩みにおいて大きな挫折(ざせつ)を味わい、失意のうちに家に戻らざるをえなかったのです。
再び神学生となつたアルべリオーネは、その年の終わりに「決定的な夜」を体験したのでした。
「前世紀と今世紀の境をわける夜」は、少年がその生涯の使命として神から創立を託される「パウロ家族の固有の使命と独特の霊性にとって、決定的な夜であった」と53年後に彼はふり返って書いています。

「恐れることはない、私はあなた方とともにいる。ここから照らそう。罪を悔いる心を保ちなさい」。

« Famiglia Cristiana non dovrà parlare di religione cristiana ma di tutto cristianamente » (1931)

『ファミッリャ・クリスティアーナ』週刊誌  キリスト者の家庭向きの
百万部、読者3百万人。

キリスト者の生活に直接関係があり、しかもすぐに実践できるような子どもの教育、料理、あみ物、家庭医学……などをはじめとした家事のことや、経済、社会問題、小説、ニュースなど、家庭で親も子どもおもしろく読める記事を掲載した雑誌でした。
 
 
11月30日 聖アンデレ使徒

マタイ4・18-22


マタイでは、ペトロとアンデレは、いっしょに最初の弟子となっています。ヨハネでは、洗礼者ヨハネの弟子アンデレが、「見よ、神の子羊を」という証言によって、イエスの後について行きます(ヨハネ1・35-40)。イエスとの最初の会話は緊張気味です。「何を求めているのか」。「ラビ、どこに
お住まいですか」。「来て、見なさい」。マタイでは、好奇心など関係なく、イエスが一方的に命じています。「私について来なさい。あなたたちを、人をとる者にしよう」。
五千人にパンを与えたとき、奇跡のキッカケを作ったのはアンデレですが、現実的なものの見方を示しています(イエスに対する信頼は十分ではないことでしょうか)。「大麦のパン五つと魚一匹を持つ少年がいますが、こんなに大勢では、 それが何になりましょう」(ヨハネ6・9)。
ギリシア人をイエスに出会うように仲介したのはフィリポとアンデレでした(ヨハネ12・20-22)。
そのためか、アンデレは、ギリシア、小アジアの宣教者として尊敬されています。使徒職とは、人をキリストに導き、出会わせることです。そのためには、まず自分自身がキリストのあとについていき、どこに住んでいるかを見なければなりません。キリストが父なる神の愛のうちに住んでいること、
神の子であることを体験しなければなりません。(荒)
私は、この使徒の名前をいただいたものの一人としてその働きにもあやかりたいと思います。
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素朴に日々の暮らしを営んでいる中で、イエスは突然呼ばれます。安定したもの、慣れ親しんだものからも、離れることを要求されます。それは真の安定の基盤ではないのですから。イエスの招きがチャレンジのよう
に思えるとき、新しい一歩を踏み出す勇気と、神への素朴な信頼を問われます。「私について来なさい」と呼ばれた時、心を開き、ただ神に信頼して従っていくことができますように。


12月3日 聖フランシスコ・ザビエル

「前世かに行って、すべての造られたものに福音をのべ伝えなさい」

マルコ16・15-20


ザビエルの思い、新たに」

日本にキリスト教を最初に伝えた聖フランシスコ・ザビエルは、1506年にスペインで生まれました。生誕500年という記念すべき節目にあたり、聖人の遺徳(いとく)をたたえ、宣教精神を新たにする意味で日本の教会でも「ザビエル生誕500年祭」の記念行事が各地で計画されました。日本にキリスト教をもたらした聖人に新たに思いをはせ、その心を理解しようとすることが記念や祝賀以外に意味はないでしょうか。教会論、救済論、現世評価、宣教論、諸宗教の捉え方(ザビエルの時代には恐らくキリスト教以外の宗教を知るすべもなかった
と思われる)といった基本的なテーマから見れば、500年間の隔たりを感じざるを得ません。けれでも、来日したザビエルは、日本人の知的水準の高さに驚くとともに、この国民が理性を重んじることを見抜きました。そして、ヨーロッパの大学のような機関を日本につくることで諸宗教や文化との対話実現の場をもち、ヨーロッパのルネサンス・ヒューマニズムの世界観と伝統日本文化の出会いの実現にむけ壮大な計画を構想しました。ザビエル自身は数年後非業(ひごう)の死をとげましたが、その夢は無駄ではなかったと言えるでしょう。したがって、ザビエルと現代教会はどうつながるのか、現代社会に生きるキリスト者にとって光となるものは何であろうか、といった問題を考えるのは無意味ではないでしょう。「聖フランシスコ・ザビエルが皆様の国で宣教のわざを果たし、日本に初めて福音が告げ知らされた時代にキリスト教信仰の種をまいたことを神に感謝します。大胆に、勇気をもってキリストをのべ伝えなければならないことは、教会にとって変わることのない優先課題です。」(ベネディクト16世、教皇庁定期訪問中の日本司教団への講話、2007年)。

ザビエルは胸をかすかに開き、そこから燃える心臓を覗かせているというふうに描かれています。胸を開くという身振りは、熱烈な魂の存在、燃える心臓の存在を示すものです。神戸市立博物館にある有名なザビエル像などには「SATIS EST DOMINE SATIS EST」というラテン語の銘文が書かれています。これはスペイン語の「Basta、Senor, basta」(十分です、主よ、もう十分です」という意味です。これはザビエルが日本からゴアに帰って中国に渡る準備をしていた1551年に、ゴアのサン・パウロ学院にいたイエズス会士が、深夜に学院の庭の小聖堂でザビエルが祈りをしていた時、心に神への愛が燃え上がるのを覚え、その熱さのあまりに、胸を開き、「主よ、もう十分です」と言ったということを伝えたことから出ている。すなわち、神が彼のなかに引き起こした愛が十分すぎるほどである(bastaには、もうやめてほしいという意味がある)ということばを発したのです。その瞬間が、胸を開く図像で表現されています。ザビエルの宣教活動の背景に神の愛の深い体験があった。


12月8日 無原罪の聖マリア(祭日)

「恵まれた方、マリア」

ルカ1・26-38



十一世紀、イギリスで、アンセルムスによって無原罪のマリアが祝われるようになり、やがてフランスのノルマンディからイタリアヘと広がり、ピオ九世は教義として宣言しました(1854)。ルルドでベルナデッタに現れたマリアは、ご自分のことを「無原罪の御宿り」と述べられました。
 神の子がお生まれになるために、マリアは身をもって待降節を体験し、準備されました。イスラエルが希望していた救いが、天使ガブリエルに対するマリアの「ハイ」という受諾によって可能になります。マリアにおいてはイスラエルの歴史全体だけではなく、人類全体の期待が現れています。
神は、キリストによる救いが、マリアに及んでいること、しかもマリアの受諾に先がけて、マリアの母親アンナの胎内に宿るのに先駆けて及ぶことを望まれました。教会は神の恵みの絶対性を、マリアの御宿りのうちに宣言したのです。
マリアにおいて、諸宗教が希望してきた救いが実現しています。そのため、マリアはキリスト教と諸宗教の対話のための、妨げではなく、よき仲介者と言えます。(荒)マリアの受けた恵みは、神の人類に対する深い愛を示しているので、彼女ひとりではなく、私たち人間皆に大きな喜びをもたらしました。
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大人と子供の違いといえば、きちんと謝ることができるかどうかです。子供はついつい、言い訳をしてしまいがちですが、きちんとした大人ならしっかりと謝ることができるはず。
第一朗読で悪いことをしたアダムは罰を恐れて、子供みたいに隠れます。見つかったときに言い訳したり、責任転嫁をしたりしています。これは、アダムの子である私たち一人一人の姿を見事に現しています。私たちはいつも何かから逃げて、他人から隠したい何かがあります。いろいろなことに対して責任を取りたくない、失敗したら恥をかくから。マリアもアダムの娘ですが、することはちょっと違います。天使のことばの前で逃げない、彼女も失敗を恐れる部分もあったのか、とまどいを示しますが、アダムと違って神に信頼する勇気があります。
今日はマリアのこの勇気を願って祈りたいと思います。私たちは隠れみのばかりして生きることは十分体験しています。そこに喜びもないし、人間として成長する道でもないということはよく知っています。ですから、マリアの美しさを仰ぎ見ながら、神の約束を信じる恵みを心から願いたいと思います。私たちも洗礼によって原罪から(部分的にですが)解放されて、キリストを宿して世間に紹介するように呼ばれています。これは大変なことです。そこから逃げないで、さまざまな恐れを克服して、答える勇気を祈りたいと思います。
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キリスト教にとって、人は皆罪人だといいます。
それでいて自分たちだけ許されたともいいます
とすると自分たち以外は許されていない罪人だということです
キリスト教者が罪と言う場合
それは世間一般的には100%言いがかりですね
要は一般人に難癖(ナンくせ)つけてるんですな


罪の意味が違います。
一般に罪という場合、
盗み、殺人、詐欺他、法律に違反することを言います、言うまでもないことですが。
聖書が言う罪とは、
不完全であること、完全さの的に達していないことです。
現在の人間は肉体の機能においても、精神的機能においても、
神が最初に創造されたときの質を保っていないということです。
機能を果たさない機械はいずれスクラップになるように、
神は現在の不完全な人類が存続し続けることをいつまでも許すことはないのです。
最初の人間は実際に神の言葉に反しましたから、反逆の罪もあったと言えますが、
その子孫である私たちは故意に反逆してきた訳ではありません。

別の観点で言えば、
自分には罪があるとは思わないと言っても無駄なことです。
あなたが交通法規を定めたわけではないでしょう。
信号を無視してどこが悪いか、と息巻いて(いきまいて)も
法の執行者はあなたを裁くでしょう。
それで、自分は神に対して罪人であるつもりはないとか、
不完全であるつもりもないとか言っても、
神が神の法の執行者としておられる以上、全く無駄なのです。
もし、あなたが、そもそも神などいないと言うのであれば、
我々キリスト教徒の言うことは気に留めるほどのことではない、ということになります。
また、聖書的に、罪が許されているとは、現在のところ、
将来に、完全さへ回復させられる、そういう希望を持てるようになったということです。
この希望を人類にはじめてもたらしたのはマリアです。


12月26日(月) 聖ステファノ殉教者

マタイ10.17-22

 
「話すのはあなたではなく、あなたがたの父の霊である」ステファノは反対と迫害を受けましたが、それはかつてイエスが弟子たちに予告されたことでした。そして、「最後まで耐え忍ぶものは救われる」ことを確信したステファノの最後は、イエスの十字架上の姿と二重写しでした。神の霊に満たされ、神が語る言葉を授けられたのです。
主よ、あなたの霊に生かされて、迫害する者のためにゆるしを願い求め、イエスの永遠の命に与ることができますように。
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この世の価値観と逆行して生きるとき、私達はしばしば孤独におちいります。そのような時、父の霊が私の内に注がれていることに信頼し、さまざまな困難に惑わされないように心を鎮め、忍耐のうちに授けられる力に身をゆだねて生きるようにとイエスは諭して下さいます。何事も待つことができず、世俗的知恵を巡らして、何とか自分の力で生きて行こうとしがちな私達に「待つこと」、「ゆうだねること」の大切さが身に浸みます。
主よ、あなただけを頼りにして生きてゆく勇気と忍耐をお与え下さい。
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いのちが一番大切だと思っていたころ生きるのが苦しかったいのちより大切なものがあると知った日生きているのが嬉しかった

(星野富弘、『鈴の鳴る道〈花の詩画集〉』)


12月27日 聖ヨハネ使徒福音記者

ヨハネ20.2-
8

ペトロより速く走って、先に墓に着いた弟子。そして、「イエスの頭を包んでいた覆い」の場所の違いを、「見て、信じた」とあります。
私たちも、日常の中で起こる出来事を、先入観なく、事実をそのまま受け入れて、神の働きを素直に信じることができますように。
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日常生活の中で、時として、思いもよらない出来事が起こり、全く新しい目で物事を見るように招かれる時があります。今まで持っていた価値観、こだわり、執着を捨て、新しい目で見ることが出来たとき、はじめて、その中に隠された真実を見つけることができます。
この信仰の眼を通して受ける宝は、すでに私達の心の奥深くに与えられていたのではないでしょうか。
主は今も生きて私達の生活に関わってくださっているという現実に心の目を開かせ、主をより深く信じることが出来ますように導いてください。
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ヨハネは神の子の受肉、上からのキリスト論を述べましたが、同時に、イエスの人間性、肉であること、すなわち下からのキリスト論を強調しています。私たち人間が神になるという神化(theosis)の思想は、アレキサンドリア(エジプト)をはじめ、小アジアのアンティオキア(今のトルコ)に影響を与えました。イエスの栄光は、この地上ではベールに覆われていました。父のもとにのぼり、栄光を受けられる復活では、もはやベールは必要でなくな
ります。巻かれているベールを見て弟子は復活の神秘を信じたのです。(荒)


12月28日 幼子殉教者

マタイ2.13-18
 

一人の権力者の罪によって幼子たちが殺害され、母親たちの嘆きと声なき幼子たちの叫びが、聞こえてきます。
命を与え尽くして信仰の賛歌を捧げている人々を思い起こし、私たちの行いの中に信仰を表す恵みを願います。
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人生には、「こんな筈ではなかった」という思いにかられながら、当然の権利も主張できずに耐え忍ばなければならない時期があります。そのような時、なぜこのような苦しい目に会わなければならないのか、不当な扱いを受けなければならないのか、などと思い勝ちです。
しかし、何か目に見えない力に身を任せることができて、その時期を何とか通り過ぎることができたとき、イエスが共にいてくださったこと、確かに自分は守られていて、自分の人生で救いの業が成し遂げられたことを感謝の内に感じるときがあります。
人の思いをはるかに超えた幸せにあずかることを約束してくださった主よ、不条理と思える苦しみをもあなたと共に乗り越える力をお与えください。

1 per annum

年間第一月
マルコ1・14-20

イエスは、悔い改めて、福音の勧めに従って日々歩いていきなさいと、励まされます。四人の漁師たちは、舟、網、父親さえも後に残して、イエスの呼びかけに応えます。彼らは、それまで当然としていた生き方を、イエスの意向、望みにサッと切り替え、予想される心配事もすべて委ねてイエスに従います。
「わたしについて来なさい」というイエスの力強い招きに信頼して、イエスの望みを選び、行うことができるよう恵みを与えてください。sese04

年間第一火
マルコ1・21b-28

イエスの権威ある教えにもっとも鋭く反応したのは人間ではなく、悪霊でした。人間は霊的な事柄に鈍感なものですが、悪霊はイエスの聖なる本質と権威を知っています。イエスの出現によって自分たちの存在が根底から脅かされることを恐れていました。現代社会で悪霊のことなど話題にすれば、笑われるかもしれない。しかし、現代社会の狂った様子を見ますと、それはまさに悪霊のしわざであり、悪霊の意のままに動いている人々もいます。新聞やテレビが毎日のように伝えている暗いニュースはそのことをよく表わしていると思います。
このような世界の中でも、私たちはキリストにあって悪霊の支配を打ち砕き、勝利を得ることが出来ます。イエスは私たちの救い主として私たちを縛っている悪の鎖から解放するために来られました。しかし、悪からの解放は一生続く戦いでもあります。最近、子供を殺してしまった親たち、また親を殺してしまったこどもたちのために祈りたいと思います。彼らは悪から解放され、人間性を取り戻すことができるように祈りたいと思います。
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今日の福音書では、人間のほうは鈍いのに、汚れた霊のほうが、すぐにイエス様の正体を「神の聖者」(まだメシアまではいかないかもしれませんが)とはっきり見分けていることも興味を引く部分です。 でもそれも当たり前かもしれません。たとえば警察官とすれ違って一番びくびくするのは、おそらく指名手配中の人でしょう。加えて、制服を着ていない私服の警察官もいるでしょうから、それを見分けることは、そのような逃亡中の犯人にとって死活問題となります。私服の警官をも見破るほどの敏感さ。そのようなものを悪霊も持っていました。だからイエスが誰かすぐ見分け、また神の権威を持つイエスが、こうして自分の前にいることに、耐えられなくなって叫びだしたというわけです。「神の聖者。我々を滅ぼしに来たその正体を知っている。かまわないでくれ」。
 さて、悪霊も恐れ、逃げ出してしまうほどの神の権威を持った、最高のみ言葉、真理そのものを、私たちはこうして毎日聞きます。
私たちもいろんな「汚れた霊」をもっています。皆と仲良くさせない不和の霊とか、エゴイズムの霊とか、見栄っぱりの霊などです。
 そして私たちには、いろんな恐れがあります。将来への不安、犯罪にあうこと、事故にあうこと、自分をおびやかす人。しかしそんなことより何より、神の言葉を聞くことに恐れましょう。何の回心もなく、ただ聞き流して終わる。そうでなく、私たちの悪霊に恐れをなしてもらって、恐れて、神の御言葉に本当に聞き従うものになりましょう。
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ヘブライ2・5-12

ちょっとわかりにくいと思います。大切なことだけを申しますと、イエス様は神の御子であり、天使に勝れる者であるにもかかわらず、天使よりも低き者、弱き者、貧しき者、つまり人間となられたのだということが言われているのです。人間としての低さ、弱さ、貧しさを身に負われて、私たちのところに来てくださったということなのです。その人間イエスの弱さ、貧しさがここで語られているのです。
ある意味でとんでもないことが書かれています。イエス様は神様の御子であり、万物の創造者、支配者であるならば、それに従わないものは何一つないはずなのに、《しかし、わたしたちはいまだに、すべてのものがこの方に従っている様子を見ていません。》と、現実はそうなっていないと語られているのです。万物の創造者だ、支配者だ、神の子だと言っても、イエス様はこの世に対して何の力もないじゃないか。それどころか、人々の手にかかって十字架につけられ、殺されてしまったのではないか・・・そういう風に言われても仕方がないような現実があると、言っているのです。
 こういう現実は、私たちも日常の生活で経験しているのではありませんでしょうか。イエス様は救い主だと教えられているのに、私の生活は苦しいことばかりじゃないか。ニュースを見ても悲惨なことばかりだし、戦争はなくならないし・・・いったいイエス様は何をしているのか? どこにその救いがあるのか? 『ヘブライ人への手紙』は、実はそのようなイエス様の弱さの中にこそ、神様の恵みが、救いがあるのだと言われるのです。9節
私たちは、イエス様に強き力を求めます。「神の御力をもって病気を治してください」、「立ちはだかる問題を打ち砕いてください」、「私たちの弱さを強めてください」(都合の良い神)・・・しかし、私たちに本当に必要な救いはそういうことなのでありましょうか? 病気が治ったら、問題が解決したら、自分が強い人間になったら、私たちの人生はバラ色だと本当に言えるのでしょうか。そうではないと、聖書は語っているのです。むしろ、私たちに必要なのは、イエス様の弱さ、貧しさ、小ささなのだというのです。いと高き神の子であるイエス様が、そのような者になってくださった。私たちと同じものになってくださった。私たちの弱さを、貧しさ、小ささを分かってくださるお方になってくださった。そこに神の愛、神の恵みがあるのだというのです。

年間第一水
マルコ1・29-39

「手を取ると、熱が去り、その結果、起き上がった」と言うかわりに、「そばに行き、手を取って起こすと、熱が去った」と述べています。「起き上がる」(ギリシア語で、エゲイロー)ということばに注目させ、死から立ち上がる復活を示そうとしています。(荒)奉仕できない状態は、死の状態に等しい。健康な人間は奉仕できる人だと言わんとしている。この奇跡は主婦の役割を引き立たせています。
イエスが手を取って起こされると、しゅうとめの熱は去り、彼女は一同をもてなしました。イエスの癒しは、私たちが自分に与えられた使命を生きることへと向かわせます。神の力はイエスを通してこの世にもたらされ、イエスに出会った者は神の国の実現に協力するようになります。それこそ、人間
が渇望する、救いではないでしょうか。
主よ、神から離れて倒れている私を癒してください。あなたからいただく使命を生きる喜びに立ち返らせてください。sese05 今わたしが罹っている熱病は何だろうか。イエスの差し出される手は、どこにあるだろうか。深く心を沈めてゆくと、イエスの手がわたしの痛むところに置かれ、わたしの手を取って引き起こして下さるのが分かる。あなたに起していただいたこの喜びを周りの人々と共に味わうことができますように。sese07

年間第一木
マルコ1・40-45

モーセの律法も救うことのできない領域があります。ハンセン病は罪によるけがれともされ(レビ記13~14章参照)、病人
は社会から締め出されていました。ただ神だけがらい病を清めることができるとされ、らい病人の清めはメシヤがもたらす終末的な祝福の一つとされたいた。神の働きはイエスの愛、さしのべられた手からあふれ、病人を清めます。「らい病人を清める」ことは、「死人を生き返らせる」ことと並んで、終末時の神の業として特別の意義を持っているので、マルコは一人のらい病人の癒しを詳しく伝えるのです。
らい病人は人に近づくことも許されていなかった。彼がその律法の枠の中に止まっていたならば、救われることはなかったであろう。彼が癒されたいという切なる願いと、イエスに対する信頼とによって、律法という隔ての垣根をあえて踏み超えて、イエスのもとに来てひれ伏した時、救いが始まったのである。イエスも律法を超えてらい病人を受け入れておられる。イエスのもとにひざまずくらい病人、そこはすでに律法を超えた場である。らい病人に触れることは、病気への恐れだけでなく、自分も宗教上の汚れに陥ることとして極度に嫌われていた。しかし、イエスはすでに浄・不浄の差別を超えた次元におられ、ただ社会から疎外され、治癒の見込みもない絶望的な病人へのあわれみから、その人に「さわり」、その人とひとつになって、ご自身の中にある神の力を注ぎ与えられるのである。
らい病人が清められることは何を意味するのか、らい病人本人はまだ十分に自覚していなかったであろうが、イエスはそれを知り、それがユダヤ教社会でどう受け取られるのかを知っておられた。それで、イエスはあわれみにより病人を癒しながら、メシヤであることを自称する者であると理解されることを極力避けようとして(すくなくともマルコの描くイエスはそうである)、この出来事の公表を厳しく禁じられるのである。

「御心ならば…」と、重い皮膚病を患った人はイエスに願い出ます。イエスの「よろしい」という言葉は、「私はそれを望む」(Autos thelo)と訳すこともできます。私たちが癒され、周りの人々とより良い交わりを持ち、喜んで生きることはイエスの望みでもあります。イエスはご自分の業が、名声を得たり、いたずらに好奇心を駆り立てるために用いられることを望まず、純粋な憐れみの交わりの中に留まることを望まれます。
主よ、あなたの憐れみの心に生かされる者としてください。sese05
イエスはいつもわたしに「よろしい。清くなれ」と言ってくださっている。それは私の痛みへの深い憐れみから。イエスのこの心をしっかりと受けていきたい。イエスのこの愛に触れた喜びを告げ知らせたい。主よ、日々の出来事の中であなたに清められる喜びを見出す恵みをお与え下さい。sese07
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ヘブライ3・7-14

『ヘブライ人への手紙』は、ひとりで読んでいても、なかなか難しい書物であるかもしれません。しかし、ところどころに信仰の核心をずばりと言い当てた珠玉の御言葉が出てまいります。とくに文語訳聖書で読みますと、心に響きます。たとえば、
《心をかたくなにしてはならない》とあります。かたくなな心とは、自分自身のねじれた考えに凝り固まってしまって、何も受け入れなくなってしまう心です。先ほどからくり返し言っていますが、人生には自分の意のままにならないものがあります。自分の力を超えたものが働いています。実はそこに神様の御心があったり、御業があったりするんですね。
 こんな話を聞いたことがあります。ある老牧師が、目を輝かせ愉快そうにこう言うのです。「長い間、仕事に邪魔が入ると、つねに文句を言ってきましたが、その邪魔というのが、じつはわたしに与えられた仕事であることが、だんだんと分かってきました」
 数多くの思いがけない出来事を、単に自分の計画を邪魔するやっかいな出来事として恨みがましく思うのではなく、そこに何らかの神様のご意志があるのだということを認め、信じると、人生の色がガラリと変わるのです。

年間第一金
マルコ2・1-12

目に見える状況がどんなに良くなったように見えても、内面が癒されなければ、人は本当に幸せにはなれません。イエスは私たちの最も深い望みに応えてくださいます。神から罪を赦された者は、外面的なことがどうであろうと、真の自由と喜びの内に生きるのです。
主イエス、私を罪の力から解放し、いつも神の子の自由と喜びを生きる者としてください。sese05
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 イエスはその非常識で突飛な行動の中に彼らの信仰を見ておられる(五節)。聖書は信仰の内面の心理を説明しない。やむにやまれず外に現れる行動によって信仰を描く。イエスは彼らの、とくにそのからだの麻痺した人の「信仰を見て」こう言われる、「子よ、あなたの罪は赦されている」。病気だからつれてきたのに、イエス様は病気のことは何も言わずに、ただ罪が赦されたとだけ言い
ます。考えてみればおかしな話です。病気の癒しを求めてイエスのもとに来た者にとって意外な言葉でしょう。神の言は人間の願いにとってまことに意外です。それは、天が地よりも高いように、神の道は人間の道よりも高く、神の思いは人間の思いよりも高いからです(イザヤ五五・九)。人間は地のことを求める。眼前の切実な必要を神に訴える。しかし、その全存在をもってする訴えが信仰として神に受け入れられる時、神は天のものを与えられる。
また、私たちは恐れるべき病気は、体の病気よりも心の病気であると言うことが示されているのだと思います。実際、風邪を引いたなどの体の病気は、何日か寝ていれば治ります。治らない病気もありますが、多くの病気は治るようになってきました。神の「安息にあずかれない」(ヘブライ4・1-5 第一朗読参照)ような心の病気は人間の力だけでは治りません。意地悪な心、自分中心の心、不平不満ばかり言う心、優しさに欠けた心、人を傷付けるような心。この心の病気のために体は死ぬことはありませんが、そのために魂が滅びてしまうなら、それこそ恐ろしいことです。だから体を治す方が、心の重い病気によって犯し続けている罪を赦すことよりも簡単だと言っているのです。
 ですからイエス様にとって、心の病気のほうが大変なことでした。そこでまず何よりも、心の癒し、罪を赦すことを宣言したのです。(マタ10:28体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。)

年間第一土
マルコ2・13-17

神の前では同じ罪人にすぎない私たちの間で、互いに批判したり、裁いたりすることがよくあります。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」神のこの憐れみこそが救いです。自分の罪を自覚する者は神の憐れみに触れ、神の国に招かれます。そして今度は、他のすべての人を憐れみをもって迎え入れることにより、救いを告げ知らせるよう招かれます。
主よ、罪人の私を招いてくださったあなたの憐れみの心を一層深く味わわせてください。その心を人々と分かち合っていくことができますように。sese05
私がどういう人間か、イエスはすべてご存知です。その上で、『わたしに従いなさい』と声を掛けて下さっています。『わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。』と。主よ、あなたの招きに応えてゆきたいのです。素直に従っていく勇気を与えて下さい。sese07

2 per annum

年間 第二月曜日
「婚礼の客は断食できるだろうか」
マルコ2・18-22

信仰生活には目的と手段があるとすれば、断食は手段の方に入るでしょう。目的は神との生きた関係をつくることです。神と親しくなるためにさまざまな手段がある。悔い改めて、失った関係を回復するために断食するのも、よいことです。が、今は結婚式場に招かれているのに、喜ぶべきときに、悲しみの断食をするわけにはいかない。
信仰生活には目的意識が必要である。さらに動機も大切です。キリスト信者は断食をするのは、律法を守るためではなく、キリストの十字架を担うためです。神とつき合うためにこちらが手段を選ぶのではなくて、神から与えられた目的があるから、それにそって選ぶべきである。今は喜ぶときなのか、それとも悲しむときなのか、自分の動機はどうなっているのか。キリストと共に喜び、あるいは悲しむ。キリストに合わせる自由(覚悟)があるのか。新しい関係が生まれようとしているのに、態度を根本的にかえず、ただ習慣に固執するなら、よいことでもその価値を失ってしまいます。

年間 第二火曜日
「人の子は安息日の主である」
マルコ2・23-28

神は、戒めを設けられたとき、人間の益になるように設けられました。しかし、人間の側でそれを曲解し、おきてで人間をがんじがらめにしてしまいます。そのような掟と福音は、根本から対立するのです。不思議なことに、人間は、自分に益を与える福音よりも奴隷にするおきてを選ぶことが多いのです。

 「人の子は安息日にも主です。」

 イエスはここで、「あなたがたは、選ばなければなりませんよ。あなたが絶対に譲れない安息日にまさって、わたしを一番にすることができますか。」と言われています。絶対視しているものをイエスのために捨てるかそれともそれにしがみ続けるのか、どちらかを私たちは選ばなければなりません。
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私たちは御言葉に従って生きて行こうとするとき、どこかでこの世の道理とぶつかることがある。しかし、従って生きることは神の御旨であるならば、神が荒れ野でマナを降らせたように、この世の道理を超えて、私たちに必要なものを備えて道を開いて下さるのである。イスラエル人は安息日を守ることができるために、神は必ず備えをして下さると信じていました。そこから考えると、キリストは「安息日の主」だということは、安息日(日曜日、「主日」)はキリストに従って生きるための備えであるということになる。
信仰生活のために休むことは大事であって、そのために安息日(主日)を守ることが大切である。やはりこれは信仰生活の一つの知恵だと思う。
ところが、安息日には、仕事をしないということ自体が目的となってしまった。神は安息日に仕事をするなと言われたのではなくて、神を礼拝するために仕事をしばらく止めることであった。けっしてそれは目的ではなく、一つの手段である。手段の目的化ということは、信仰生活において起こる誘惑である。やはり、健全な信仰生活には、目的と手段をしっかり見分ける勉強は必要である。(榎本)
科学技術の発展と共に人間の生活も便利になり、人間についての研究も進歩しましたが、人間自体は軽視されているのが現状です。人間のための技術なのか、人間のための経済なのか、それとも経済成長そのもの自体が目的なのか、わからなくなるときがある。神は人を愛して創りましたが、人は自分に都合のよいものを作り、これに愛着するようになりました。私たちが作ったものを神が創ったものより尊ぶことのないよう、いつも主に心を向け、御心を行なうことができますように。
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ヘブライ人
《わたしは必ずあなたを祝福し、あなたの子孫を大いに増やす》、文語訳で申しますと、「われ必ず汝を恵み恵まん、殖やし殖やさん」と、
『ヘブライ人への手紙』が、ここで私たちに言いたいのは、今から4000年も前に、アブラハムに与えられた神の約束と誓い、「われ必ず汝を恵み恵まん、殖やし殖やさん」との祝福の御言葉は、今も私たちに語り続けられているのだ、ということです。それどころか、イエス・キリストを通して、この祝福の御言葉はますます力強く、私たちに語りかけているのです。
クリスチャンは、この世に絶望した人間です。ひとりひとりがさまざまな人生経験を通して、たとえ学問を積んでも、財産があっても、健康でいられても、人生の空しさから逃れることができない、と知りました。しかし、同時に、そのようなこの世の暗闇の中に届く、一筋の光を見たのです。それはこの世のものではなく、天の神様のもとから、人間を照らす真の光として来てくださったイエス・キリストです。
 イエス様は、神様がアブラハムの人生に語られたように、私たちの人生にも「われは必ず汝を恵み恵まん、殖やし殖さん」との神様の約束を、誓いを、語りかけてくださいました。アブラハムの場合、不妊の妻サラが年老いて月のものもなくなり、まったく子を産む能力がないにもかかわらず、神様の御業によって子が与えられたという奇跡をもって、神様がいかに無から有を生み出すお方であるか、絶望をも希望に変え給うお方であるかということが示されました。これも本当に大きな希望でありますが、イエス様は、私たちにそれ以上のことを示してくださいました。罪深い私たちの罪を清めて神の子にしてくださり、死ぬべき滅ぶべき私たちに復活の新しい命をあたえてくださったのです。そして、肉なる者としての絶望、罪人としての絶望に沈む私たちに、「我は必ず汝を恵み恵まん、殖やし殖やさん」との神の祝福の言葉を与えてくださったのです。


年間 第二水曜日
「安息日に許されているのは、命を救うことか、殺すことか」
マルコ3・1-6

この人の手は、前からなえていたので、安息日にいやす必要はない、しばらく待っていただければ、と人々は考えていただろう。しかし、イエスは、安息日にその手をいやされた。今まで手がなえていたから、いつか直ればよいというのは、他人の考えで、本人は一刻も早くその不自由さから解放されたいと願っていたであろう。本人の立場に立てば、今その手をいやしてもらうことが大切なことであった。イエスは官僚主義的な考え(ちゃんとした手続をふまえてからという)にとらわれず、事柄の本質を問います。安息日はそもそも何のためにあるか。それによって弟子たちは、安息日をどのような心構えで祝うべきかを理解しました。ただ単に仕事しないことによってではなく、善をなすことによって、神の栄光を証しすべきだと。
なえた手を伸ばしなさいとイエスが言われたとき、この人は自分の手は今まで伸びなかったという慣れきった現実に左右されないで、神の言葉には無から新しい現実を生じさせる力があり、神には可能であると信じ、自分の立場を神に委ねた。そのとき、彼の手は直った。慣れた現実に捕われない(こだわらない)で、神の可能性を認める、これは信仰である。
会堂の中には手の萎えた人が一人いました。しかし、心が萎えた人はたくさんいました。かたくなな心は外には見えません。善を行なうために、命を救うために、かたくなな心を治すことが何よりも大切でしょう。私たちも心の中の萎えたものを探し、癒していただくよう、イエスに差し出しましょう。sese07
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 「動物はその飼い主に似る」と言われています。先日、類人猿の優劣を比較して論じているテレビ番組がありました。ゴリラの研究者、チンパンジーの研究者、オランウータンの研究者が出ていましたが、面白いことに、永年つき合って心を通わせている動物に、それぞれの研究者が似ているのです。 夫婦は、性格は相当に違いますが、暗黙の了解ができています。テレビ番組も好んで見るもの、どうでもよいもの、絶対に見ないもの、の分類はほぼ一致しています。
 仏教徒は釈迦に似るはずですが、日本では釈迦は遠い存在ですので、各宗派の始祖、最澄、空海、法然、親鸞、日蓮、道元などの教えを学び、生き方に感化されて、それらの人格に似る者になります。キリスト教徒はイエスの愛に学んで、それをお互いの間で実行することによって、イエスに似る者になります(ヨハネ13・34他)。その場合、いかなるイエス、どのようなイエス像がその教会に伝承されているかということによって、教会の性格が形成されます。

マタイとルカは、「彼は怒りに満ち…深く悲しんで…」のマルコの記事を省きました。マタイとルカは一貫して、マルコの記事にある、イエスの人間的な感情の表現を省きました。きっと時代が下ってマタイやルカの頃になると、神の子イエスを崇敬する念が高まり、神の子が怒ったり、憤慨したり、悲しんだり、驚いたり、恐れおののいたりするのは相応しくないと考えてのことでしょう。その結果、カトリック教会の聖像や、ギリシャ正教会の聖画(イコン)のような、人間的な感情を表わさないイエス像になってしまいました。彼ら以前のマルコのイエスは、人の子イエスです。マルコは神の子イエスを信じていましたが、それは隠れた姿にしておいて、不義不正を見ては憤り、偽善を見ては腹を立て、世の罪を見ては深く悲しみ、十字架を前にしては恐れおののく人の子イエスを描きました。
 このように福音書を学んで私たちは、人間的な感情を殺して信仰生活をする必要はなく、人間的な感情を豊かにもちながら、イエスに徒うことが許されていることを知るのです。
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自動体外式除細動器(じどうたいがいしきじょさいどうき、Automated External Defibrillator, AED)というものは最近いろいろなところでよく見かけます。十万円前後もするそうですが、教会でも備えておこうかと検討されています。心臓がとまった場合、こういう機械をあてると心臓の働きは戻ります。
とことが、今日の福音書を読むと、安息日に人を助けてはいけない、救急車を呼んではいけない、医者は働いてはいけないみたいな印象を受けます。けれども、それは正しい捉え方ではないのです。マタイ12、11やルカ14、5を見ると、牛や羊が穴に落ちた場合、安息日でも助け出すことはできると書かれています。安息日という制度にはちゃんと例外が認められたのです。問題は、どちらかというと縄張り争いです。イエス・キリストは「メルキゼデクのような司祭」であった、つまり人間によって造られた制度での司祭ではなかった。安息日を守る祭司階級は人間によって決められていたもので、そこにキリストが入り込むと縄張り争いが起こるわけです。
現代教会にも縄張り意識は結構あります。そこにキリストが入り込むときは、縄張り争いが起こりうるのです。キリストの働き、癒しに抵抗するのです。キリストを追い出そうとして現状維持を図るのです。その場合、私はどうでしょうか、キリストの働き、癒しを受け入れるのか、それと既成の縄張りにこだわるのか、どちらにつくかを問いかける福音書です。
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メルキゼデクは、旧約聖書においてもたったの二回しかその名が記されていません。一つは創世記14章17-20節です。アブラハムは彼に戦利品の10分の1を贈ったとあります。この短い記述があってから1000年後、ダビデの記した詩編の中に再びメルキゼデクの名が登場します。詩編110編4節です。
主は誓い、思い返されることはない。
『わたしの言葉に従って
 あなたはとこしえの祭司
 メルキゼデク(わたしの正しい王)。』
この言葉は、神様によって、ダビデがメルキゼデクの後継者に任じられたということを意味しています。そして、さらに1000年後、イエス・キリストが誕生し、この『ヘブライ人への手紙』の著者が、もう一度メルキゼデクに光を当てます。新約聖書の中には、この手紙を除いて、この名を見ることはできません。しかし、この手紙は、旧約聖書における上記のたった二回の記述をもとに、イエス・キリストこそはメルキゼデクに等しい大祭司であると、大胆かつ緻密に論じるのです。
メルキゼデクは王であり、祭司でした。王とは、人間と人間の間を結ぶ、社会を治める者です。祭司は、神と人間の間を結ぶ宗教を治める者です。今日では、政教分離こそが、先進国の印のようになっていますが、それは無用な争いを避けようとする方便にすぎません。
このようなことから、『ヘブライ人への手紙』は、メルキゼデクが、アブラハムに優るものであるということ、4-10節で語ります。そして、アブラハムに優るということは、その子孫であるレビ族にも優るということだとも言われています。さらに、先ほど丁寧にお読みしたところですが、11-19節では、イスラエルに与えられている神の掟、つまり律法にも優るのだということが言われているのです。もう一度、16節を見ていましょう。
メルキゼデクが、律法による祭司ではなかったように、そしてアブラハムを祝福したということからも分かるように、律法による祭司よりも優れた者でした。イエス様もまた、律法による祭司ではなく、アブラハムや、アロンや、レビ族や、律法すらも超越した祭司なのです。



年間 第二木曜日
「イエスは群集が自分に押し迫るのを避けた」
マルコ3・7-12

愛の人であり、救い主であるイエスが多くの群集がきたのに、その人たちを避けて、のがれるために「小船を用意しておけ」と命じられた。それは「多くの人をいやされたので、押し寄せてきたから」である、とある。この個所は、救いを熱心に求めていればよいものではない、ということを示していると思う。群集は非常に熱心にイエスを求めたが、その熱心さの動機は、自分たちの苦しみ、病気をいやしてもらおうという、自分の都合ないし欲望であった。そういう求め方をするとき、イエスは避けていかれる。(榎本)
 人々が病気や悩みから解放される状態は、神の国が実現しつつある状態なのである。あらゆる悪が追い出されていることは、神の国においては悪には用がないことを示している。ところが、人々の心の中に分裂を起こすために、一所懸命活動している悪霊がいることも事実である。神の国は何であるかを見えなくして、自分の悩みや苦しみばかりが見える、そんな目を作っている。(ステ)
イエスに従おうとする私たちは、ともすると、自分勝手な望みでいっぱいになって、イエスを押しやってしまいます。そんな時、イエスは少し私たちから離れるようですが、イエスの心が離れるわけではありません。イエスこそ、私たち一人一人の必要を最もよく知っています。私たちにとって大切な
ことはイエスと共に、イエスを中心に歩むことです。人間関係でも同じことが言えるでしょう。
自分を押し付けて近づくより、ある程度の距離を取りながら相手の内におられるイエスを尊重する中で、信頼関係を深めていくことができますように。sese07
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『ヘブライ人への手紙』は、ヘブライ人つまりユダヤ人に向けて書かれたものです。したがって、ユダヤ人ならではの問題が、この書の中に含まれています。もちろん、私たちに関係ないということではありませんが、一義的には、ユダヤ人の抱えている問題ということがあるのです。祭司制度の問題も、その一つであります。これを読む場合、まずユダヤ人の知っている祭司制度とは、どういうものかを知ることから始めないと、わかりにくいのです。できるだけ分かりやすく、お話ししたいと思います。
 祭司とは、神殿に奉仕して、礼拝や祭儀を司る人たちのことです。「祭司」を逆さに読みますと、「司祭」になります。「司祭」は、カトリック教会で、礼拝や典礼を司る聖職者のことです。礼拝や礼典を司るという意味では、ユダヤ人の「祭司」も、カトリック教会の「司祭」も、そしてプロテスタント教会での「牧師」も、同じ働きをすると言ってもよいのです。司祭は、神父とも呼ばれ、信者たちの魂への父親的な配慮の働きもいたします。牧師は、信者たちを神の羊たちとして牧するという働きもします。それにたいして、イスラエルの祭司は、もっぱら神殿礼拝を司る働きをしていたのでした。

ヘブライ人への手紙とマルコ福音書のイエス・キリストの描き方は非常に対照的です。「聖であり、罪なく、汚れなく、罪びとから離され、もろもろの天より高」いとしている手紙。一方福音では、あらゆる病気を患った大勢の人々、汚れた霊どもに囲まれ、触れられ、「押しつぶされ」そうというほどであった。大変大きなギャップが描かれています。このギャップを埋めるには、「執り成し」、「仲介者」、「大祭司」というような言葉があります。イエスは、人間は手のどこかない世界、創造主の世界とつながっているからこそ、この世にいた間は、人々を癒す力、悪を追い出す力をもったのです。
今も、キリストの体である教会を通してキリストはあらゆる民族の人々から触れられる。と同時にキリストは父なる神の世界におられる。そのギャップの間に生きている私たちはどうすればかと言いますと。今日の答唱詩編に答えがあります。「神のみ旨を行うことは、私の心の喜び」。キリストのようにへりくだって、謙虚に人々に奉仕することではないでしょうか。



年間 第二金曜日
「十二人を任命した」
マルコ3・13-19

弟子たちは、来たのではなく、「呼び寄せられた」とある。信仰とは自分から進んでいくというのではなく、イエスによって呼び寄せられたことである。それは、「従う」ということにつながる。イエスに従うのと、イエスを従えるのとは大きな違いがある。私たちはともすると、イエスを従えようとしている。しかしイエスは私に従ってきなさいと言われたのであるから、いつもイエスのあとに従う存在であることを覚えたいと思う。
「そこで十二人を任命した」とある。弟子たちから言えば、任命されたのであり、受け身の立場である。さらに、「彼らを自分のそばに置くため」である。私たちは常にイエスのそばで養いを受ける必要がある。全く平凡な十二人が、ニ、三年後には、偉大な宗教家として働くようになった。彼らはそれを神から授かったことである。(榎本)
現代に生きる私たちにも、救いの歴史を担う役割が与えられている。
イエスに選ばれた十二人を見てみましょう。家族の名を取り上げたのは三人。ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、アルファイの子ヤコブ。仕事と行動の説明があるのが二人、熱心党のシモンとイスカリオテのユダです。その他は名前しかない平凡な七人です。イエスの時代にも、優秀な学者、金持ち、力ある官僚はいましたがイエスは彼らを選ばれなかったのです。その意味をじっくり味わいましょう。イエスの力が私の弱さの中に働き、神の栄光が現されますように。sese07

年間 第二土曜日
「あの男は気が変になっている」
マルコ3・20-21

一般常識に反する行動をする人がいれば、気違いと言われる。これは昔も今も同じである。イエスの時代から今日に至るまで、一般常識と言われるものがそれほど変わっていないと思われる。福音書ではイエスが気違いと言われている理由は、民衆が抱えている問題に真剣に取り組もうとしているだけのことである。考えてみれば他人のことを気にするだけのことである。ごく普通の当たり前のことであるが、我を忘れるまで、食事の時間を惜しんでまでも、人のことを心配することが、常識的には許されない。当然イエスはそのような常識を無視して自分なりの常識、つまり愛の常識(論理)、に従って行動する。
一般常識のもう一つの原則は、皆がやらないことは自分もやらないことである。この原則を守らないと、自分の行動は、何もしない人への批判と受け取られる可能性がある。
私たちは普段どういう常識に従っているのであろうかと、反省させられる。(ステ)
イエスに従っていた人は食事をする暇もないほどでしたが、私はどうでしょう?イエスは気が変になっていると噂され、家族の者が恥ずかしくて取り押さえに来るほどでしたが、私はどうでしょう?
イエスに従うとはどういうことか、よりよく悟り、イエスと共に様々な苦難を受け入れていくことができますように。sese07

3 per annum

年間第3月
マルコ3・22-30

サタンとはどのようなものなのでしょうか?祈りのうちに過ごす日常生活においても私達の心は常に揺れ動きます。イエスはたとえ話の中で「内輪もめ」という言葉を繰り返されます。それは閉ざされたところで起こる、閉ざされた考え、他を受け入れようとしない頑固な態度、自分を守ろうとする心の狭さを感じさせます。それがサタンではないでしょうか。聖霊は御父から注がれるものであり、「内輪」ばかり見ていてはその存在に気づきません。
開かれた、柔軟な、広い心で聖霊を受け、聖霊に導かれて日々の生活を送ることができますように。sese07

ファリサイ派の人々はイエスをせめるための口実を一所懸命探していますが、それがなかなか見つかりません。そして最後に「おまえは悪魔たちの親分だから悪魔を追い出せるのだ」という、矛盾に満ちた理屈を言い出します。ここまで来ますと、彼らはイエスの人気を落とさせるために、手段を選びません。彼らはイエスに対して激しいうらみを持っているので、理性が効きません。
 イエスは目指しているのは、周囲の目を気にせずに、正しいことを正しいこととして受けとめることの出来る人の育成です。自分の心のわだかまりからも、周りの抑圧からも自由な人間の養成です。
ところがファリサイ派の人々は言われる通りにふるまうおとなしい人間を求める。疑問を持たない人間、疑問に思っていることでも、質問したり、問い掛けたりしない人間、世間の価値観をうのみしながら、行動する人間です。さて、私たちはどういうタイプの人間になりたいと望んでいるでしょうか。

 
年間第3火
マルコ3・31-35

イエスは「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」と言われます。それまでイエスの周りに座りイエスだけを見ていた人達の信仰は「私と神」の間だけのものだったのではないでしょうか。それがイエスを通して、「私と人」「人と人」との間にも信仰が生まれます。「神の御心を行う心」すなわち「清らかで愛に満ちた心」は全ての人の心の奥にあるのではないでしょうか。今日出会う人達を私の兄弟、姉妹、また母として受け入れ、互いに支え合い分かち合いながら信仰の道を歩むことができますように。sese07

家族というのは、本来は、血のつながっている、一番の近親者のことです。ですから、それは血のつながっていないものから見たら、いくらその家の家族になりたいと思っても、なることは出来ない。そういうある意味で、閉鎖性を感じるものが家族です。何かのサークルだとか、組織だとかとは違って、開かれていないのです。 しかしイエスさまにあっては、血のつながりも何もない、幼なじみであるわけでもない、同じ出身地だというわけでもない。別々の家庭に育ち、それぞれ異なる人生を歩み、お互いなんのつながりもなかった人々が、イエスさまのもとに一つに集められている。この弟子
たちを指して、イエスさまは「わたしの母、わたしの兄弟」とおっしゃる、わたしの家族だというのです。
イエスさまのあとに従い、みことばに耳を傾けているならば、私たちもイエスさまの弟子なのであり、それゆえイエスさまから、「わたしの母、わたしの兄弟」と呼ばれるのです。わたしの家族、と言われるのです。
みことばを自分の中に受け入れることによって、イエス様が自分のなかに生まれるということだと思います。私たちは母マリアと同じようにイエス様を生んで、育て、世界にプレゼントすることができるというわけです。なにか照れくさいような、嬉しいような感じがするかもしれないが、それは教会という変わった家族のなかに毎日のように文字通り起こっていることなのである。
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『ヘブライ人への手紙』10章

みなさんもご経験があると思いますが、健康診断で再検査を言い渡されまして、お腹のCTとエコーの検査をいたしました。あるいは、レントゲンを考えてみてください。画像の写真を見ますと、白黒の陰影画像です。それを見せられて、「ほら、ここが○○ですよ」と、お医者さんのお話を聞いていましたが、白いものがみえたり、くろっぽいものがみえたりするだけなので、いったいお腹の中がどうなっているのか、私にはさっぱり分かりませんでした。わからなくても、「まあ、心配はないでしょう」と言われてホッとしたわけです。それにしましても、陰を見て実体を知るといいますか、お医者さんというのは、知識とか経験を駆使しまして、そういう陰影だけでできた写真からお腹の中のようすが手に取るように分かるようです。凄いことだなあと思いました。このように、実体そのものをみなくても、その影を見て、実体そのものを知ることができる人たちがいます。そういう影の話が、『ヘブライ人への手紙』10章1節に出て来ます。

いったい、律法には、やがて来る良いことの影があるばかりで、そのものの実体はありません。従って、律法は年ごとに絶えず献げられる同じいけにえによって、神に近づく人たちを完全な者にすることはできません。

律法は《影》に過ぎず、役に立たないと、律法否定みたいなことが書いてあるようにも読めますが、《影》を否定的な意味にとる必要はありません。律法は、十戒をはじめとして神様が与えてくださったお言葉です。しかし、神様の言葉と言いましても、神さまの言語で語られているわけではありません。神様の御心を、人間に分かる言語に置き換えて、語られているのです。ですから、それは神様の御心そのものではなく、《影》であると、『ヘブライ人への手紙』は注意をしているのです。
 その際、ただちに「だから、それは実体がないんだ」と結論に持っていくのは危険です。

年間第3水
マルコ4・1-20

イエスは私達のことをよくご存知です。このたとえ話の結論として「だから良い土地を持つ人になりなさい」とは言われません。私達の心の中には、道端、石だらけの所、茨の生えた所が常に存在することを承知しておられます。そのうえで全ての人の心の奥には神が創造された良い土地が存在する、という確信のもとにこのたとえを話されているのではないでしょうか。神の御言葉は私達への信頼、希望、愛なのです。たとえ今日実を結ばなかったとしても、この信、望、愛は決して途絶えません。
神の深い愛に満ちた御言葉を今日、誠実に受けとめることを通して、聖霊の助けによる実を結んでいくことができますように。sese07
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イエスは、群衆にたとえで言われる理由を話されています。彼らは、「見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟ら」なかったのですが、とても面白いですね。彼らは、みことばの裏に秘められた、暗された意味を解読できなかったのではありません。あまりにも明らかで、あまりにもはっきりしていることを理解できなかったのです。オウム真理教の事件が起こった後に、ある雑誌の編集長がハルマゲドンのことを知るために、ヨハネの黙示録を読みました。 しかし、彼は、何が何だかさっぱり分からなかった、ということをあるテレビ番組で話していました。しかし、本の内容というのは、たいてい初めのほうにその主題が書かれています。ヨハネは、「イエス・キリストの黙示」と書き始めています。黙示は現れることを意味しますから、イエス・キリストの現われがこの書物のテーマです。実際に19章には、ハルマゲドンの戦いのときに、イエスご自身が白い馬に乗って現れます。ですから、この事はキリストが現れることについて書かれているのです。こう説明して、わかる人はわかります。小学生でもわかるでしょう。なぜなら、あまりにも当たり前のことを話しているからです。

 しかし、多くの本を読んでいるはずのインテリが、そうした当たり前のことがわからないのです。見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟りません。なぜなら、「悔い改めて赦されることがない」からだ、とイエスは言われています。弟子たちのように、罪を悔い改めて福音を信じていないから、悟ることができません。真理を悟ることは、やはり、イエスとの関係なのです。イエスとともにいることなのです。これが、私たちが真理を悟るための鍵となります。

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『ヘブライ人への手紙』10章
イエス様は、唯一の救い主である。これはイエス様の他に、私たちの救いはないということです。私たちは日々、いろいろな問題に直面しています。仕事のこと、家庭のこと、人間関係のこと、健康のこと、お金のこと・・・・この世にある限り、そういう様々なこの世的な問題を免れることはできません。そういう問題を、ひとつひとつ担ったり、解決したりしていかなければなりません。そういう時におきましても、イエス様は唯一の救い主であるということを信じ、イエス様への信仰をもって生きていくのが、クリスチャンの生活、つまり信仰生活でありましょう。

 ところが、うっかりすると信仰生活が、「信仰と生活」に分離してしまうことがあります。信仰がなくなってしまうわけではないのですが、その信仰が、日々の生活に結びつかなくなってしまうのです。本来は、仕事においても、家庭においても、人間関係においても、健康上の問題でも、あらゆることにおいてイエス様が私たちの唯一の救い主でいらっしゃる。これが私たちの信仰です。しかし、心の問題、魂の問題は、イエス様に祈り求める。けれども、毎日の生活においてはこの世の富、知恵、力を頼みとし、この世的な評価を追い求めて生きている。言ってみれば、ダブルスタンダードです。こうなりますと、最初のうちは、あまり気づかないかもしれませんが、イエス様の御救いに対する喜び、感謝、讃美が、だんだんおろそかにされていき、ついには何の力もなくなってしまうのです。これについては4章1-2節に、こういうことが記されています。

だから、神の安息にあずかる約束がまだ続いているのに、取り残されてしまったと思われる者があなたがたのうちから出ないように、気をつけましょう。というのは、わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです。

年間第3木
マルコ4・21-25

ここで「持っている人は与えられ、持っていない人は持っているものまで取り上げられる」ということが起こる。聞く耳を持っている者、すなわち信仰をもってイエスの言葉を聴く者、さらにイエスと同じ御霊による理解力をもって聴く者は、イエスの言葉を真剣に受け入れるので、神の国の奥義をいよいよ深く示し与えられて、霊の次元でますます豊かになるが、それに対して、聴く耳を持たない者、すなわち悟りのない者は、だんだん神から遠ざかり、本来与えられている神への感受性をも失い、霊の生命の枯渇に至る。
 マルコが、本来はイエスご自身のことを言われた「あかり」の譬を、この「秤」の譬と組合せてここに置いたのは、「種まき」の譬を御言葉を聴く態度の大切さを説く譬と解釈した結果、その主題をさらに拡大強調するために、「あかり」の譬も弟子たちが受けた御言葉の光を輝かすことの大切さを説く譬として、御言を真剣に聴くことの大切さを訴える「秤」の譬と一組にしたのであろうと考えられる。

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「持っている人」「持っていない人」――何を、持っていたり、持っていなかったりするのでしょうか?神の言葉、福音の「ともし火」を燭台の上に置き、神の前で、自分の持っているものを一つ一つ見直してみなさい、ということです。自分の持っているものを量って、その重みはどのぐらいのものか。そうすると、持っていないものも見えてくるかもしれません。
自分の持ち物、自分の力や考えにより頼むなら、限界にぶつかり、暗闇に迷い込んでしまいます。神の愛とゆるしを信じないことから、恐れ、不安、疑いなどが生じてきます。それは、持っていない状態で、人間の心に害と病いをもたらすでしょう。それは人間にとって滅びの状態そのものではないでしょうか。信仰はこのような限界を乗り越える恵みをもたらします。主よ、いつもあなたに心を向け、すべてを越えてあなたを信じる恵みをお与えください。神の望みを知り、行う者となり、真理の光のうちに歩むことができますように。sese06
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『ヘブライ人への手紙』10章
『ヘブライ人への手紙』は、第一部と第二部に分けることができます。第一部は、これまで読んできたところで、「イエス・キリストこそ唯一の、永遠の、完全なる救い主である」ということが語られていました。今日から、第二部に入ります。第二部の主題は何か。それが今日お読みしました19~25節に記されています。この部分は、新共同訳では七つの文章によってなっていますが、ギリシャ語の原点を当たりますと、長い一つの文章となっています。1955年訳の口語訳聖書は苦労しまして、それに少しでも近くなるように、これを二つの文章でまとめています。
 これが一つの文章であるということは、この文章全体の主語と動詞があるということです。主語は《わたしたちは》ということでありますけれども、動詞は何かといいますと、22節の《神に近づこう》(新共同訳)というのがそれにあたります。つまり、この文章のすべての言葉は、《神に近づこう》という一点に集中するのです。

 ちょっとくどい言い方になりますが、「イエスの血によって聖所に入れるという確信をもって、神に近づこう」、「イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのだから、神に近づこう」、「わたしたちには神の家を支配する偉大な大祭司がおられるのですから、神に近づこう」、「心は清められ、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗われているのだから、神に近づこう」、「約束してくださった方は真実なのですから、公に言い表した希望を揺るがぬようにしっかり保って、神に近づこう」、「ある人たちの習慣に倣って集会を起こったりせず、むしろ励まし合って、神に近づこう」、「かの日が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合って、神に近づこう」、そのようにこの部分は語られているわけです。

そこで、先ほどの二つの側面が大事になってきます。一つは、イエス様の御業に注目することです。もう一つは、イエス様を心から信じて自分を委ねることです。『ヘブライ人への手紙』は、まず第一部でイエス様の御業に注目をしました。そして、これから第二部において、イエス様を心から信じて自分を委ねることについて語り始めるのです。


年間第3金
マルコ4・26-34

「種まき」の譬と同様、ここでも「神の国」が蒔かれた種と収穫を対比する譬で語られている。先の「種まき」の譬では、種がまかれる時の徒労に見えるような状況と豊かな収穫が対照されていたが、この譬では収穫に至る過程が人間の理解や努力を超えたものであることが焦点となっている。農夫は種をまいた後、作物が自然に成長して実を結ぶ時をひたすら待つ。農夫は作物が成長する仕組みを理解しているわけではない。土地に作物を成長させる力があることを信じて、夜昼寝起きして収穫の時が来るのをひたすら待つだけである。農夫は直接作物に働きかけて、芽を出させ、つぎに穂を出させ、実を実らせることができるわけではない。ただ「夜昼寝起きして」いるだけで、何をすることもできない。けれども種がまかれた以上、時が来ればかならず実は実り、刈り入れができるようになる。農夫は土の力を信じて、忍耐強く時を待っている。

 「神の国」も同じである。種はすでにまかれた。刈り入れの時は必ず到来する。神はすでに業を始めておられる。時が来れば神は審判の鎌を入れて、神の民を栄光の中に集められるであろう。イエスはご自身の中に「神の国」が到来していることを知っておられる。イエスの中に隠された形ではあるが、神の業はすでに始まっている。神においては隠された始まりは顕にされた終わりを含んでいる。どうして終わりが顕現するのか、その仕組みを理解したり、その過程を人間の工夫や努力で変えたり促進したりすることはできない。ただ神の力と神の信実に委ねて、時を待つだけである。こうして、ここでも「隠されているもので顕れないものはない」という「神の国」到来の原理が語られているのである。

からし種を見せていただいたことがあるが、それはゴマ粒をずっと薄くしたような大きさであった。わたしたちが「ゴマ粒のように小さい」とか「ケシ粒のように小さい」と言うように、イエスの時代の人々にとっては、「からし種」は小さいものを象徴するものであったのであろう。ところが、その目にもとまらない「からし種」が成長すると二メートル半から三メートルの高さになり、木のように枝を張って、人の目を驚かせる。この譬では小さな始まりと大きな終わりとの驚くべき対比が語られている。その小さい始まりの中にすでに大きな終わりが含まれて実在しているのである。


 軍隊を従えて王宮に座し、一国に命令している人物であれば、その支配は目の前に見ることができる。ところがイエスは漁師などの小さい弟子の群れを率いてガリラヤの町を巡回する一人のラビー(宗教教師)にすぎない。しかも宗教当局から神聖な律法の違反者としてにらまれて、ついに支配権力によって処刑される人物である。そのような人物が「神の支配はわたしの中に来ている。わたしこそその支配を体現する者である」と言っても、誰が信じることができようか。それは人の目には見えない現実である。「神の支配」はイエスの卑しい姿や弟子たちの貧しい群れの中に隠されている。しかしどのように隠されていても、それが「神の」現実である以上、必ず顕れる時が来る。

 たしかに、「神の支配」がすべての人の目の前に栄光をもって顕れる日はまだ来ていない。しかし「神の支配」の現実はすでに隠された形で来ている。そしてその目に見えないような小さい現実の中に、終わりの時に顕される大きな栄光が含まれている。「神の支配」はすでに始まっている。その中に含まれる終わりが圧倒的な力と栄光をもって顕れる時がすぐに来る。イエスはこのような終末の到来の「すでに」と「いまだ」との間の緊迫した関わりの場に生きておられるのである。

 ここにまとめられている「神の国」の三つの譬は、「神の国」という終末的現実の「すでに」と「いまだ」の緊迫した二つの面の関係を見事に指し示している。今わたしたちもこの譬を聴く時、いま自分が置かれている終末の場がどのようなものであるかを自覚させられる。わたしたちは聖霊を受け、すでに「神の支配」の現実の中にいる。しかしその現実は、神に敵対する生まれながらの人間本性の中に覆い隠されたり、世界の中であまりにも微弱な勢力であってこの世の権力に圧倒されているように思われ、旅路の途中で立ちすくむような思いをする。その時、これらの譬がわたしたちを励ます。どのように小さくて覆い隠されていても、またどのように悪い地に蒔かれていても、それが神の現実である以上、その全容が栄光の中に顕れる時がかならず来る。この滅びの世界、死の存在が栄光の天地、復活のからだに変えられる。それがいつ、どのようにしてであるかは知らない。しかしわたしたちの中にすでに始まっている現実の中にそれが含まれていることを確信し、その時を待ち望みつつ今を生きるのである。http://ha3.seikyou.ne.jp/home/tenryo/mark_027.htm#top
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イエスは私達の「聞く力」に応じて語られました。私達が聖書を読む時そのたとえ話から受け取るメッセージは一人一人違います。読む時期や心のありかたによっても神は違うメッセージを与えてくださいます。それは「神」と「私」との個人的な関わり、ふれあいです。長い間聖書を読んでいると、
「ああ、このたとえ話ね」とわかったような錯覚に陥ることがあります。天の父は、今日私にどんなメッセージを送ってくださるのでしょう。心を静め謙虚な態度でみ言葉を味わうことができますように。sese06
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『ヘブライ人への手紙』10章
明治時代のキリスト者で、多くの人に影響を与えた内村鑑三と言う人がいます。内村鑑三には、ルツ子という愛娘がおりました。ルツ子は、いろいろな意味で、内村鑑三の心を支える娘で、彼は、彼女に格別なる愛を注いでおりました。しかし、ルツ子は、実践女学校を卒業したばかりの、17歳という若さで病死してしまったのです。ルツ子の死は、内村鑑三にとって、人生にあってはならないことの一つでありました。
内村鑑三は、その打撃の大きさを、「神の手、余輩(よはい)に加はりて、余輩の腿(もも)のつがい挫(くじ)け、余輩はあゆむことを能はざるに至れり」と語っています。「腿のつがい挫け」とは、ヤボクは、神様と闘ったところ、ヤコブと自分を重ねているのでしょう。ヤコブは、、神と格闘したと、聖書に記されています(『創世記』32章23~27節)。その時、ヤコブは、腿のつがいを負傷したのです。内村鑑三も、愛娘の癒しを願い、ヤコブのように、神に挑む祈りを捧げてきたのでありましょう。しかし、あえなく死んでしまった。それを、「腿のつがい挫け」と表現しているのです。つまり、神様の愛を疑った。そして、イエス・キリストの十字架の意味は分かった。神様も大事なひとりごを失った、と。
今日お読みしました『ヘブライ人への手紙』10章26-39節は、少し長いところですし、その中にいろいろとハッとさせられる言葉があり内容豊かなところです。しかし、その中心は35節にあります。

自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります。

 確信を捨てないとはどういうことか? 間違った確信は、試練の時に必ず打ち砕かれます。そういう確信をいつまでも持ち続けるのはよくありません。私たちに与えられている確信とは、十字架にかかられたキリストこそ、私たちの救いであり、そこにこそ神様の愛がこよなく現れているという確信です。どんな時にも、平和な時にも、戦いの日にも、この確信を捨ててはいけないというのです。それが私たちの持つべき信仰なのです。



年間第3土
マルコ4・35-41

このたとえ話のように私達の信仰の成長も「どうしてそうなるのか、その人は知らない」のだと思います。しかし御父は私達一人一人に対しその成長の道すじを用意しておられるのではないでしょうか。日常生活において辛く苦しいこと、また信仰の道からは遠ざかるような出来事も、それはもしかしたら「茎」であり、その出来事を通らなければ「葉」は出てこないのかもしれません。私達は自分が今、信仰の成長過程のどの段階にいるのか知ることはできません。しかし私達はイエスと共に舟に乗っています。突風が吹こうと舟が水浸しになろうと、また神から見捨てられたと思える時も、ただ信じること。イエスはそう私達に語っています。
主よ、私達に信じる力と、神の国へと成長していく希望をお与えください。sese07