史料としての『新約聖書』

史料としての『新約聖書』

 

歴史書

いつ書かれた

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ヘロドトス

(歴史の父)

紀元前485年頃 紀元前420

紀元後900

1300

8

トゥキディデス『戦史』

紀元前460年頃~ 紀元前395

紀元後900

1300

8

タキトゥス『年代記』『同時代史』

紀元後100

1100

1000

20

『ガリア戦記』

紀元前5850

紀元後900

950

9-10

ティトゥス・リウィウス『ローマ建国史』

紀元前59年~紀元後17

紀元後900

900

20

新約聖書

40100

130年(完全な写本350年)

30310

希語5000冊以上+

羅語1万冊+

その他9300

古事記

紀元後712

伊勢本1371-2年

650

2冊

日本書紀

紀元後720

佐佐木本 9世紀写

100

4冊

般若心経

紀元後1世紀

8世紀後半(法隆寺所蔵)

700

(仏陀入滅紀元前383?

1

法華経

紀元前後

紀元後286年(漢訳)

200

数冊


 For if one subscribes to the notion that the Gospels are essentially unhistorical, he is confronted with numerous insurmountable obstacles, not the least of which is an explanation for how this sudden micro-burst of the most extraordinary literary output the world has ever known occurred from some anonymous source –or, even more problematic, sources– containing the most uplifting and influential spiritual content ever written, in a brevity both beautiful and baffling, and in four editions, one of which is markedly distinct in its own right. In other words it truly would be a greater "miracle" for man/men to have produced the evangelium in a flash of "inspiration", than it to be, quite literally, true!






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使徒言行録14・19-28

ところで、パウロは死んだようになってしまいました。しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がって町にはいって行った。その翌日、彼はバルナバとともにデルベに向かった。

 これはすごいことですね。けれども、クリスチャンは、この復活の力を日々、経験して生活するのです。パウロは言いました。「私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。(コリント第二4:8-10)」コリント人への第二の手紙は、この出来事の14年後に書かれたものと考えられています。12章で、パウロは、自分がパラダイスに行った経験を語っています。「私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に・・肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです。・・第三の天にまで引き上げられました。私はこの人が、・・それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです。・・パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。(コリント第二12:2-4)」したがって、パウロは石に打たれたとき、実は、第三の天に引き上げられたという可能性があります。このように、神は、石打ちで殺されるような目にあっても、パウロを守ってくださり、そればかりかすばらしい啓示を与えてくださったことが分かります。私たちも同じです。人生のなかで、キリストにあって苦しまなければいけないときがあっても、それにまさる神の慰めをいただくことができます。

使徒言行録13

使徒言行録13章1~12節「世界宣教へ」祈祷会
 今日から使徒言行録は、後半にはいります。12章から13章は山で例えれば分水嶺にあたります。1章から12章では、エルサレムが中心でしたが、これからはアンティオキアが中心となります。またペトロが中心的人物でしたが、これからはパウロが中心となって展開されます。そしてユダヤ人への宣教が中心であったことから、異邦人宣教が中心となっていきます。異邦人に宣教することは、今まではエルサレムにいたキリスト者がローマの迫害によって、エルサレムから離散して世界各地に行った先きで証しするというものでした。しかしこれからは、拠点となるアンティオキア教会を中心にして世界宣教がなされていきます。
 しかしこれは人間の考えから生まれたものではありません。なぜなら、2節に、アンティオキアの教会が主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げたとあります。神が発せられた宣教命令なのです。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」今日から「神を体験する」というテキストを用いてのクラスがスタートしました。神を体験することを通して、神の御心を知って行う者に変えられることが中心的なことです。自分が神様のために何かをするというのではなく、神が既に私にもっておられるご計画を知って生きる者とされることを目指すものです。主権は神にあります。世界宣教も、神が発せられた宣教命令です。ご聖霊が告げる言葉に従うのです。
今日の御言葉には、三の主人公のことが出てきます。一つは派遣する側のアンティオキアの人々、二つ目に遣わされるバルナバとサウロ、そして三つ目に、聖霊。

使徒言行録11・9-26

ところで、アンティオキアというのは、当時の世界の三大都市の一つでした。もっとも大きかったのは、もちろんローマです。その次に、エジプトにあるアレキサンドリアが大きい町でした。そして三番目に大きかったのがアンテオケです。人口が80万にも達していたとされるアンティオキア。この町は、日本で言えば新宿の歌舞伎町のようなものと考えればよろしいでしょう。汚れと不品行にまみれた町でした。そこに主を信じるものがたくさん起こされたのです。コリント人への第一の手紙には、「また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。(1:28)」とありますが、これは町のレベルでもそうだったのでしょう。ここでは、イエスさまを信じる人はまず起こされない、と私たちが思っているようなところで、主は、多くの人を救われます。
恵みとは、受けるに値しないものを受けることです。
  4つの段階た。語りかけること、宣べ伝えること、勧めること、そして教えることです。その結果どうなったかが、次に書かれています。
弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
ですから、彼らは、神から遠く離れていた異邦人であったのが、悔い改めて、キリストのように変えられたのです。これが、教会の最終的な目的であり、クリスチャンがキリストのようになっていき、神の栄光が現われることが最終的な目的です。
 こうして、一部のユダヤ人やバルナバが、ギリシヤ人に愛をもって接し、奉仕をしたことによって、ユダヤ人と異邦人がキリストにあって一つになっていきました。

使徒言行録9・1-20

使徒言行録9章9節には、回心を体験した「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった」とあります。「目が見えない」というのは、今まで当たり前のように見ていた世界が見えなくなるということ、当たり前のように理解してきた世界の意味が分からなくなるということでしょう。今まで、生きてきて、当然だと思っていたことが突然、当然でなくなるのです。それは、生きる基盤が揺らぐということです。大変な混乱です。だから、「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった」のです。いや、「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもできなかった」というのが、本当のところではないでしょうか。

このように、一人の人の生き方が変わるということは、とても大きな変化です。それこそ、「奇跡である」と表現しても良いかもしれません。生き方が変わったその人にとっても大変なことです。けれども、一人の人の生き方が変わるということは、周りにいる人たちの生き方も影響を受け変わるということを意味するのだと思うのです。サウロの生き方が大きく変わった時、アナニアの生き方も変わったのです。
私共は、このパウロのような劇的な体験はしていないかもしれません。確かに、これはパウロだけに与えられたものでしょう。しかし、このパウロの体験は、聖書を通して、代々の教会の財産となっていきました。何故なら、このパウロに働いて回心させ、召命を与えられた主イエスが、今も自分達の上に働いて、全てを導いて下さっていることを知らされてきたからです。パウロに働かれた生ける主が、パウロに対したのとは違うあり方で、しかし私共が同じ救いの中に生きる為に、今も働いて下さっているのです。まことにありがたいことです。このことを覚え、今、心から主をほめたたえたいと思うのです。

使徒言行録8・1ー8

ステパノがサンヘドリンにおいて、長い説教をし、そのメッセージのために、石打ちにされ殺されてしまった。この殉教をきっかけとして、エルサレムにあった教会に迫害がおこりました。使徒たち以外の者は、周りの地域に散らされました。使徒たちがエルサレムに残ることができたのは、その不思議としるしのわざによって、サドカイ派を中心とする長老たちは、彼らに手を加えるのを諦めていたからです。けれども、他の人々は激しい迫害に遭っています。この出来事は、とても悲しい事のように思えます。敬虔な人はステパノを葬って、非常に悲しみました。教会の多くの人が、次々と牢獄に入れられました。しかし、この試練は、実はイエスが最初から知っておられた事です。1節に、「みな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。」とありますね。それでは、使徒行伝1章8節をお開きください。「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」ですから、今まさに、イエスのみことばが実現しているのです。彼らは、聖霊の力を受けて、ユダヤとサマリヤの全土へと、イエスの証人となっていくのです。 

 神は、私たちの思いをはるかに超えて、私たちの願いをかなえて下さる方です。一見、私たちには、とても不利に思えるようなことでも、神の目からは最短距離を走っていることが実に多いのです。エルサレムの教会は、とても愛に満ちあふれた交わりがありました。彼らは、自分たちの財産を教会に分け与えて、ともに暮らしていました。日々、パンを裂き、ともに主を賛美していました。すばらしい交わりがあったのですが、イエスさまには、それ以上の祝福を用意されていました。この福音を、エルサレムだけではなく、ユダヤとサマリヤにも広げていきたいと思われていたのです。だから、今、この迫害が起こるのをお許しになって、彼らがユダヤとサマリヤに散らされました。私たちも、彼らと同じように安定を求めます。その安定がいつまでも続くことを願います。けれども、私たちは、そうした快適な領域から出ていって、神に託された使命を果たすように遣わされることがよくあるのです。

 そして、この迫害の主導者はサウロであります。気が狂ったように迫害していますが、次の章では、このサウロがイエスに出会い、回心して、地の果てにまでわたしの証人となる、というイエスのみことばが実現していきます。皮肉ですが、サウロは、この迫害によって、人々をユダヤとサマリヤの地域へ散らすことの手助けをし、また、自ら福音宣教をすることによって、地の果てまで宣べ伝えることを手伝いました。神はすべてを支配されています。

使徒言行録7

 使徒行伝には、殉教者ステパノが「天を仰いだ」ことが記されています。イエス・キリストを力強く証ししたステパノはそのために議会に連れてこられ、大祭司の審問を受けました。ステパノの弁明に人々は激しく怒りましたが、ステパノは聖霊に満たされ、天を見つめていました。するとそこにイエスが神の右に立っておられるのが見えました。ステパノは思わず「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言いました。聖書の他の箇所では、イエスは神の右の座に座っておられるとありますが、このときは「立っておられた」のです。それは、議会での法廷に対して、主イエスご自身がステパノの弁護人として立っていてくださるということを意味していたと思います。また、この後ステパノはエルサレムの街の外に引き出され、石打ちの刑を受けますので、主イエスが立っておられたのは、ステパノの霊を天に迎えるためだったかもしれません。ステパノは石で打たれている間、自分に石を投げつける人たちのために「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」と祈り続けました。

 たしかに、「殉教」というのは特別なこと、殉教するほどの人は並外れてすぐれた信仰者なのかもしれません。しかし、天を仰ぐことは特別な信仰者だけのものではなく、すべての信仰者ができることです。殉教の時だけ天が開くのではなく、日常の祈りの中でも、天が開けて、神の栄光を、主イエスの栄光を見ることが許されるのです。主イエスは「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」(マタイ7:7)と言われました。「開けてもらえる」というのは「天の扉」のことです。真心から、また、熱心に祈る者のために天の扉は開き、その中にある神の恵みが与えられるのです。「主の祈り」を祈るとき、天を見上げ、神を仰ぎ見、心を込めて、「天にましますわれらの父よ」と呼び求めましょう。そのとき神は、わたしたちに、天におられるお方としてのご自身の栄光をわたしたちに示し、また、天の栄光を示してくださるのです。そのようにして、天がわたしたちにとってももっと身近なものになり、天を仰ぐことが喜びとなるのです。

 (祈り)

 神さま、あなたは天におられ、すべてを治めておられます。地上のものに、この世のことに思いが行きがちなわたしたちに、もっと天のことを思う思いを与えてください。そのために天からの書物、聖書に親しみ、天とのコミユニケーションである祈りに励むわたしたちとしてください。「天にまします我らの父よ」と祈るように教えてくださった、主イエスのお名前で祈ります。